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棋士たちの敗北(4) [将棋]

 周知のとおり、昨年の(2016年)12月26日に第三者調査委員会により、三浦弘行九段が昨年7月から10月に行われた自身の対局中に将棋ソフトを用いた不正行為をしたのではないかという疑惑に関する調査の結果報告がなされ、疑惑について処分の根拠とされていた電子機器を使用した形跡はなく、またソフトとの一致率はその性質上根拠とはなり得ず、不正行為に及んでいた証拠はないと発表した。
 この報告に対して「調査開始の時点ですでに3か月以上経ってしまっている対局もあるので、必ずしも三浦九段が完全に潔白であるという証明にはならないのではないか」という受け取り方をする人々も、一部にいたようである。
 確かに三浦九段が疑われた対局において電子機器を使った形跡はないことはわかったが、では例えば最初の久保戦において、合計42回の離席をしていたことは事実なので、その間どこで何をしていたかがすべてわからなければ、シロだとは言えないだろう、という見方である。
 しかし、そもそも棋士は対局中において、不正行為や対局そのものを意図的に妨害するような行為さえしなければ、考慮中は自由に行動できる権利が認められている。現在では、対局が終了するまでは将棋会館の外に出てはいけないルールに変更されたが、その当時は対局中の外出も禁止されてはいなかったのである。
 いくら不正の疑惑があったからと言って、久保さんや渡辺さんとの対局中の三浦さんの行動の全容までを問いただすことはできない。仮にこれをするのであれば、三浦さんだけではなく、対戦相手の久保さんや渡辺さんについても、対局中の行動を調べ上げなければフェアではないだろうし、更に極端な話だが、ソフトが飛躍的に強くなったここ数年に行われたプロ棋戦のすべてが、グレーゾーンのもとに行われた対局である、ということにもなるのである。
 であるから、調査委員会としては告発者である渡辺明現棋王と最初に疑念を持った久保利明現王将らの主張する、三浦九段が不正をしたであろうと思われる根拠について、それらが不正の根拠たりうるのか?という視点から調査をしたということである。残念ながら当初から不正の現場を目撃したとの決定的な証拠はなく、調査委員会としても単なる憶測の領域の疑惑であったと結論を出さざるを得ない事柄であったと言えよう。

 さて、この一連の騒動についてはすでに今年(2017年)の5月24日に、日本将棋連盟と三浦九段の間で和解が成立している。和解までに時間がかかったのは、三浦九段に対する出場停止処分に対する双方の主張に食い違いがあったからだと思われる。連盟としては三浦九段が自ら休場を申し出たから急遽挑戦者の変更の手続きをしたが、三浦九段が休場届の提出を撤回したため処分を科した、ということだが、三浦九段としては常務会での査問の時に「このままだと竜王戦が行われなくなる」という主旨のことを理事から言われ、半ば出場辞退を強要された形であったという認識であった。この件に関しては調査委員会でも「その時の常務会理事や三浦九段の置かれた状況を鑑みると非常に難しい」として、出場辞退の強要の有無の明言を避けている。
 和解内容として「休場の強要はなかった(理事の発言を三浦九段の方で「竜王戦の辞退」を促す発言だと間違って解釈した)」となっており、三浦九段としては、当時の連盟会長や理事が責任を取る意味で辞任や解任が為されており、将棋連盟が新しい体制のもとに改めて「不正行為などなかった」という認識のもとに謝罪をして、竜王戦出場がかなわなかった分も含めた相応の慰謝料を払うという誠意を示したということに理解を示す形で妥協した結果となった。
 まあ三浦九段としてはとにかく新たな対局で結果を出す、ということに早く集中したかったのだろう。このころすでに藤井聡太四段の止まらない連勝で将棋界は空前の盛り上がりを始めていた時期だったので、「いま将棋界がいい意味で注目されているので水を差すようなことはしたくない」との実に前向きな会見であった。 

 しかし振り返ってみて、やはり気になるのは、この「将棋ソフト不正問題」が週刊誌によって最初に掲載された記事における渡辺竜王(当時)の発言だ。
「対局直後は三浦さんの研究にはまって負けたと思いました。でも前日検証していた棋士から指摘を受け、自宅でソフトを使って振り返ってみたら、明らかにおかしいんです。これは棋士にしかわからない感覚だと思います。感想戦で三浦さんが話した読み筋が、そのままソフトの読み筋だったことも分かりました。」
 「ソフトとの一致率が90%を超えていたらカンニングしているとか、そういうことではありません。僕や羽生さんの指し手が90%のこともありますから。一方で一致率が40%でも急所のところでカンニングすれば勝てる。一致率や離席のタイミングを見れば、プロなら(カンニングは)わかるんです。」(『週刊文春』2016年10月27日号(発売日10月20日)「将棋スマホ不正全真相」より)

 この記事が出された直後に「そのようなことは言っていない」と否定的な見解をした羽生三冠(現竜王)とは対照的に渡辺棋王は、軽率に取材に応じてしまったことに対しては謝罪したものの、この記事の内容自体は「おおむねその通りだと思います」とブログで表明している。のちに新聞などで渡辺さんが「疑わしい人物とは指せない」などとして竜王戦での対局拒否を匂わせる発言があったので連盟が三浦九段の休場の方向に動かざるを得なかった、との報道が島朗理事によってなされたが、こういう対局拒否のようなつもりで言った覚えはないとして、報道内容をところどころ訂正してはいるが、肝心の「ソフトで調べてみると明らかにおかしい」「棋士にしかわからない感覚」「プロならカンニングしたかわかる」という点は訂正していない。(将棋連盟と三浦九段の和解会見の直前に、渡辺さんから謝罪を受けたとの報告が三浦九段からあったが、何についての謝罪かは不明)
 このことから察するに、渡辺棋王はソフト不正に関する当時の自分の認識は間違いではない、との姿勢をまだ持ちつづけているようだ。
 しかしそれならばなぜ、調査委員会は何人もの棋士たちからヒアリング調査を行った結果として、不正はないという結論を出したのだろうか。
 三浦九段が出場停止にまで追い込まれたきっかけを作った一人は、こともあろうに竜王戦の挑戦を受ける立場にあった、当時の竜王本人なのである。これでは「三浦九段に予想以上の強さを見せつけられたので腹いせにソフト指しだと決めつけて不正者の汚名を着せた悪人」などと揶揄されても致し方あるまい。
 プロアマ問わず将棋ソフトを使って将棋を検討、研究している現在において、対局中にソフトを使って指した手かどうかがわかるかというのは、今後の不正対策において非常に大事な問題だと思うのだ。長時間の対局において離席の自由がいまだに認められている現状において、たまたま席を立って戻って指した手がソフトと一致したからと言っていちいち疑われたのでは、たまったものではない。
 今後の将棋界のためにも渡辺棋王や久保王将は、当時どのような考えのもとに、三浦九段を告発したのかを洗いざらい説明する必要があるのではないだろうか。
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棋士たちの敗北(3)ーGone with the wind- [将棋]

 だいぶ間隔があいてしまったが、もう少しこのテーマについ書いておきたいと思う。

 さて将棋界で今一番注目を浴びている人物といえば…そう、藤井聡太四段である。
 去年の10月付で新四段となった彼だが、たまたま12月になるまで公式戦の対局が決まらなかった。そして12月24日に行われた藤井四段の公式戦第一局は、第30期竜王戦の予選で、対戦相手は奇しくも彼が新四段になるまで最年少棋士の記録保持者だった加藤一二三九段である。加藤九段の得意戦法である相矢倉を後手番で堂々と受けて立った藤井四段だが、加藤九段の攻めを受け切ったのちに反撃に出て、見事に初陣を飾った。対局後のインタビューでも加藤九段も藤井四段の才能を高く評価していたのだが、しかしこの初戦の後半年余りの間、藤井少年が公式戦をずっと勝ち続けて、神谷広志八段の持つ最多連勝記録の28を更新してしまうほどになるとは、誰も想像していなかっただろう。
 もっとも、将棋界の棋戦のシステム上、連勝すること自体が棋戦優勝やタイトル獲得に直結するわけではないので、藤井四段自身や師匠である杉本昌隆七段も「連勝記録を更新できたこと自体は幸運なことで嬉しいが、当面の目標はタイトル戦に出て、タイトルを取れるようになることだ」と述べていた。一時期、藤井四段が連勝を続けるたびにテレビ番組で取り上げられ、「このまま勝ち続けて何かタイトルを取ってしまうのではないか」などと騒がれていたものだが、当の本人はいたってシビアに自分の実力を見極めていたようである(しかしそういうところもまた凄いな、と思えるのだが)。竜王戦の決勝トーナメントで佐々木勇気六段に敗れて連勝は29で止まり、その後も王位のタイトルを獲得した菅井竜也七段や、念願のA級八段になった豊島将之八段ら若き強豪にも善戦むなしく敗れてしまい、中学生でのタイトル獲得はなしえないこととなった。しかしこれからも藤井将棋に期待する人々は数多く居続けることだろう。
 何しろデビューしたばかりの新人棋士が、デビュー戦以降ずっと勝ち続けて20連勝以上してしまうなんて前例はなく(それまでのデビュー戦からの連勝記録は10であった)、しかもその新人棋士が最年少の中学生棋士だとあっては「とんでもない天才が現れた」と周囲が騒がないはずもなかろう。こうして藤井聡太という少年は将棋界という枠を飛び越えて、一躍時の人となったわけである。
 そして、その藤井ブームという大きな風と共に、もはや多くの人々の脳裏から忘れ去られようとしているのが、去年の竜王戦の直前に起こった三浦弘行九段の出場停止処分をめぐる一連の騒動であろう。(続く)
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棋士たちの敗北(2) [将棋]

 関西での月例会での久保九段の報告を受け、将棋連盟はとりあえず久保ー三浦戦での不正行為の有無を明確にしようとはせず、今後の対局における不正行為の疑義を持たれることがないような対策を取った。

(2)本件疑惑に対する連盟の対応

ア 2016年8月4日の常務会及び本件電子機器取扱通知の発送

その後、2016年8月4日に開催された常務会において、久保棋士が同年7月29日 の関西月例報告会で指摘した、対局者が約30分間も離席した事例が同月26日の 三浦棋士との対局であったことが報告された。久保棋士の上記申告を重く受け 止めた連盟は、同じ2016年8月4日の常務会において、「対局時における電子機器 の取り扱いについて」と題する通知書(以下「本件電子機器取扱通知」という。) を、全ての連盟所属棋士及び女流棋士に送付することを決定し、同月8日付で、 実際に送付した。本件電子機器取扱通知は、全ての連盟所属棋士及び女流棋士に 対して送付したものではあるが、実際には、三浦棋士に対する警告という意味合 いも含むものであった。さらに、常務会は、三浦棋士が丸山棋士と対局する竜王 戦挑戦者決定三番勝負について、三浦棋士の行動を監視することを決めた。 本件電子機器取扱通知は、ソフト指しを含む不正が許されないことはもちろ ん、プロの棋士が、ソフト指しをしているのではないかという疑い自体を将棋フ ァンにもたれないようにするために、対局中のむやみな長時間の離席、宿泊室や ホテルへの立ち寄り等を控えるべきことが読み取れる内容であった。 三浦棋士も、2016年8月上旬には、本件電子機器取扱通知を受領した。三浦棋 士によれば、本件電子機器取扱通知については、対局中にソフトを使っていると いう疑惑を持たれること自体が望ましくなく、そのために長時間の離席を控え るべきという内容は理解したとのことである。その上で、三浦棋士としては、ど れくらいの離席が長時間の離席に当たるのかを観戦記者に相談するなどして、 10分以上の離席が長時間の離席と判断し、以後、10分以上の離席をできるだけ控 えるようにしたとのことである。

 このように、各棋士及び女流棋士に対し、対局中の電子機器等による不正行為を疑われるようなことがないようにという通知をした、ということ自体はよいことだったと思う。
 しかしどうやら肝心なことに手落ちがあったようである。
 この通知が事実上三浦九段への警告であった、というのはよいが、この通知を受けた後の三浦九段の取った対応を見ればわかるが、三浦九段がなぜ久保九段から疑われたのかが、伝わっていないからだ。
 そもそも常務会は久保九段の報告がすべて正しいという前提で対応策を取っている。三浦九段の言い分は全く聞いていない。このこと自体が無意味であろう。なぜ訴えられた側からも事情を聴こうとしなかったのだろうか。実に不自然な対応である。まさか常務会はこの時点で三浦九段が不正行為をした、と決めつけていたというわけでもあるまい。
 現に後からの調査で分かるように、夕食休憩直後の30分もの離席は久保九段の思い込みであったわけで、久保九段が不審に思った真の理由は、手番の三浦九段に小刻みに離席を繰り返されたからなのだ。もっともこれで不正行為を疑う理由になるかどうかは各棋士の感じ方に委ねられることだろうが、少なくとも久保九段が不審に思ったことは事実だ。だから冷静さを欠いて合計14分の離席を連続で31分であったと誤認の報告をしたのだろう。
 いくら三浦九段に事実上の警告をしたとしても、その前提となる事実が間違っているのだから、まったく意味がなかったといっても過言ではない。

 三浦九段は連盟からの通知を受け10分以上の離席は長時間の離席に当たると判断し、できるだけ避けるようにした。しかし三浦九段本人にとって、10分未満の小刻みな離席を繰り返すこと自体は、長年の対局における自分のリズムのようなもので、ある意味当然の権利だと思ってやっていたことであろう。
 なおこの時の連盟からの通知には次のような付記がされていたそうだ。
 「特にコン ピュータソフトが実力を伸ばしている昨今、プロ棋士も各が強い自覚を持ち、ファンに 畏敬の念を持って対局を観ていただけるよう、襟を正していかねばなりません。 」
「上記 にもある通りですが、場合によっては厳しい処分の対象となります。 」
「マナーとしても 良くないですし、万一対戦相手やファンにあらぬ疑いを与えることがあっては、将棋界の 未来はありません。」
「将棋界の存亡に関わる重大な問題です。」

 どうも不正行為をしている疑いをもたれること自体がまずい、との認識が強いようだが、そこは果たしてどうだろうか。
 三浦九段が事の真意を知らされずに臨んだ竜王戦挑戦者決定戦三番勝負において 三浦九段は10分以上の離席は極力避けたものの、自分の手番以外ではけっこう離席をしているのである。
(丸山九段戦第2局における離席数26回、うち三浦九段手番時の離席数が約7回。第3局は離席数が23回、うち三浦手番時の離席が約6回)
 確かに久保九段戦の42回に比べると減ってはいるが、やはり回数にすると結構な数であり、これでも疑う人は疑うであろう。それにソフトでカンニングをする場合、先読みをさせることもできるわけだから、自分の手番だろうが相手の手番だろうが関係ないと言えなくもない。
 だがこの時の丸山九段は特に不審に思うようなところはなかったという。それはそうだろう。プロ同士の長時間の対局において、このぐらいの離席は普通だ、と思ってやっているからだ。丸山九段自身も対局中にたくさん水分を取ることで有名な棋士なので、当然終盤の離席数も多いほうだと思う。
 結局離席回数で疑うかどうかは、対戦相手との相性とか、相手の人間性とかによって変わってくるのである。だから理事会はもはや「疑われるようなことは慎みましょう」的な曖昧な警告などやらずに、対局場への電子機器の持ち込み自体を禁じるルールを早急に作るしかなかったのである。

 もう周知のとおり、この時の中途半端な対応が、のちの大騒動を巻き起こしてしまうことになる。
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棋士たちの敗北(1) [将棋]

 1月18日、日本将棋連盟会長である谷川浩司九段が辞任の意向を表明した。
 昨年10月以降続いた不正疑惑をめぐる騒動の責任を取る形での辞任となった。
 谷川九段の決断におおむね同意するが、しかし一方で、谷川九段が会長をやめたところで、およそ問題の解決や、多くの将棋ファンが抱いている不信感が解消されるわけではない、とも思われるのである。
 挑戦者であった三浦九段が突如、「出場停止処分」を受け、七番勝負開幕直前に挑戦者が変更されるという異例の事態となった第29期竜王戦。
 急遽挑戦者となった丸山九段は、対局には全力尽くすと決意を述べる一方で、三浦九段と挑戦者決定三番勝負を指した際には特に不審に思った点はなかったとしたうえで、「発端から経緯に至るまで(連盟の対応は)疑問だらけです」とコメントしたそうだが、今もまだ、いろいろと疑問が残ることが多く、正に今回の問題には、不可解な点が多い。
 一手でも早く相手玉を詰ませば勝ち、逆に自玉を詰まされたら負け、どっちも詰まなくなったら互いの駒の点数勝負。
 こういう実に明快な将棋の世界で、なぜこのような不透明で、何とももどかしい状況が起きてしまったのだろうか。
 
1月16日に将棋連盟HPに第三者調査委員会の調査報告書の要約版が開示された。そこには、今回の三浦九段の処分に至るまでの経緯(今まではマスコミの報道や各棋士及び将棋関係者等の発言、ツイッターやブログ等でのコメント等から、断片的にしかうかがい知ることが出来なかった事実)が時系列も含めて詳細に記されている。
 
 三浦棋士は、2016年7月26日、将棋会館で開催された第29期竜王戦決勝トーナ メントにおいて、久保棋士と対戦し、勝利した。この対局時、久保棋士は、三 浦棋士が、夕食休憩後という終盤において、しかも自分の手番で午後6時41分か ら7時12分までの31分間も継続して離席したほか、他にも離席が見られたこと などから強い不信感を抱いた。ただし、本件映像分析の結果では31分間にわたる 離席という事実は認められない。 久保棋士は、かかる誤った認識を元に、2016年7月29日に開催された関西月例 報告会において、対局中に電子機器を使う不正(いわゆるソフト指し)があり 得るからその規制をすべきという提言を行い、その中で、ある棋士が自分の手番時に約30分間も離席したことから、不審に思い、会館内を探したが見つからず、 対局後に検証したところ、当該離席後の指し手と将棋ソフトが示す指し手とが 一致したという事例を紹介した。久保棋士は、この報告会の場では、この事例が 三浦棋士との対局(久保戦)であると述べなかったものの、後日、東常務理事に、 三浦棋士との対局についての発言であったことを伝え、このことは谷川会長に も報告された。
((1)本件疑惑の発生経緯 より引用)

 三浦九段が疑われるきっかけとなったのがこの久保利明九段との対局であったことはすでに知られていた。しかし昨年の10月ごろの週刊文春等での記事によれば、この時点で久保九段はあくまで感覚的に「やられたな」と思っただけであり、そういう嫌な思いをお互いにしないように規則を強化してほしいとの提言をしたまでだ、とのことであったように思う。そして三浦九段の名前は出していない、ということであった。
 だが実際には、夕食休憩直後の31分の三浦九段の離席の際に、不審に思い将棋会館内を探したり、対局後に離席後の三浦九段の指し手をソフトで調べたりしていた、ということだったのだから、もうこの時点で久保九段は三浦九段のことをしっかりと疑っているのだ。しかも実際にはこの時の離席状況は、確かに次の一手を指すまでに合計3度の離席をしてはいるものの、離席の時間自体は6分、3分、5分の合計14分であったという。これは推測だが、三浦九段が席を立って一度は戻ってきたものの、次の手を指さずにまた席を立たれたのでなんとなくイラっと来たのではないだろうか。しかしタイトル戦で何度も場数を踏んでいる久保九段にしては、この時の心理状況はかなり短絡的なのではないだろうか。
 そして問題なのは、東常務理事(和雄八段)を通してこの報告が三浦九段を疑ったものであるということを知った谷川会長が、するべきことをしなかったことだ。
 すでに2015年の10月1日より、対局中の棋士が電子機器等を使用することは休憩時間を含めて禁じられている。もちろん将棋以外の目的で使ったとしても処分の対象になるのである。だから各棋士は自分の対局中は携帯電話やタブレットの電源は切っていなくてはならない。
 ・・・なぜ谷川会長はこの時点で、三浦九段に事情を説明した上で、久保九段との対局当日に三浦九段が所持していたスマートフォンやノートパソコン等を調査しようという発想にならなかったのだろうか。将棋ソフトが入っているとかいないにかかわらず、対局中に起動されていたかどうかが分かればいいのだから、事実の解明にはさほど時間はかからないであろう。
 確かにこういうことは面と向かっては言いづらいのはわかる。しかし、見方を変えればこういうときこそ組織の長としての真価が問われる、というものである。
 おそらくこういう行動に出られなかったのは、久保九段に対する気遣いもあったのではないか。三浦九段に協力を求めれば、当然久保九段が不審に思っていることを三浦九段に告げなくてはならない。そしてもし、三浦九段の不正行為がなかったとすれば、久保九段の面目は丸つぶれである。
・・・関西を代表する棋士の一人である久保九段を批判の矢面に立たせたくなかったという人情が働いたとしても不思議ではないだろう。
 
 だがこの時の谷川会長の行動の甘さが、結果として事態をより深刻化させたのは言うまでもない。
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棋士の、棋士による、棋士のためではない(!)日本将棋連盟 [将棋]

さて、三浦弘行九段の出場停止処分をめぐる問題も、ようやく一区切りついた。
 10月24日に今回の処分の妥当性と、三浦九段の対局中の行動について調査をするということで第三者調査委員会が設置された。
 だがその後、日本将棋連盟(以下「連盟」と記す)の公式ホームページ上には、11月4日に第一回目の委員会が開かれた、というお知らせが載っただけで、その後の進展についてはまったく情報が公開されなかったのである。
 この件について11月7日に三浦九段側から「処分の妥当性について調査するのであれば、いったんは出場停止処分を取り消してもらいたい。私から将棋を指す権利を奪わないでほしい」という文書が出された。これはまったくもっともな意見であり、すでに挑戦者が変更になって開始されてしまった竜王戦については仕方ないとしても、それ以外の棋戦に関しては出場させるような配慮があってもよいのではなかろうかと私も思ったほどである。
 結局年内の出場停止処分は解かれることはなかった。そうして先日の12月26日、竜王戦の七番勝負が終わるのを待っていたかの如く第三者調査委員会の調査報告がなされた。
 調査の結果、三浦九段の不正行為の痕跡は見られなかったとのことである。疑惑の発端となった不自然な離席時間というのも、告発者の久保九段や渡辺竜王の主張するほど長いものではなかったらしく、三浦九段とその家族から預かったパソコンとスマートフォンを解析したが、やはり不正の痕跡は見られなかったとのことである。
 「週刊文春」の記事を通して渡辺竜王から「確実にクロだ!」とまで断言された三浦九段は、この日ようやく疑惑を解消されたというわけだ。
 なお、連盟の取った処分の妥当性については、竜王戦の開催予定が直前に迫った中、不正疑惑の解消できていない当時の状況からすると、やむを得ないものだという判断が出た。

 しかしその翌日に行われた三浦九段と連盟の会見を聞くかぎり、これは円満解決どころか、将棋ファンや理事以外の他の棋士からも非難轟轟の展開になりそうな予感がしてきたのである。
(そもそも三浦九段はまだ連盟所属の棋士のはずなのになぜ谷川会長と一緒に会見をしないのだろうか、と疑問には思っていたのだが案の定であった・・・)
 
 連盟の会見にて谷川会長は「常務会の(出場停止処分の)取った判断は妥当であったという結論だったとはいえ・・・」と話している点にまず違和感を覚えた。
 はて?但木委員長は「妥当な判断」だったなんて言っていただろうか。「やむを得ない判断」といったのである。妥当というのは、常識的で、適切だった、という意味である。第三者というのは当然ながら三浦九段と連盟、両者側から事態を判断せねばならない。今回の出場停止処分は結果として、三浦九段側からすれば明らかに「不当」な処分であったのだ。だが委員長としては連盟の置かれた状況も鑑みると不当だと断言することもできないから「やむを得ない」という表現を使ったのではないか。まったく意味合いが違ってくるのである。
 このことから見ても谷川会長をはじめとする連盟理事は、「三浦九段につらい思いをさせたことを心からお詫びをしたい」と言ってはいるが、一棋士の社会的名誉を傷つけたことに関して、心底から反省しているようには感じられないのである。
 
 次に、これは三浦九段の弁護士からの発言と照らし合わせて考えると、まったくもってあきれてしまうほどの疑問が残るような発言があった。同じく谷川会長の会見である。

「一方、10月11日以降の一連の動きにつきましては、この時点で週刊誌に三浦九段に関する記事が掲載されることが確定的である、という重い事実がありました。
渡辺―三浦戦で竜王戦の七番勝負を行い、第一局の一週間後に記事が出ることになりますと、大きな混乱を招くばかりでなく、竜王戦の中止という最悪の結果となる可能性もありました。」
 
 これは今年の10月20日を機に「週刊文春」等で報道された記事のことを指し示しているのだろうが、なぜゴシップやスキャンダル等を興味本位に記事にして売り飛ばすことが目的の週刊誌に、この疑惑が掲載されることがそれほど「重い事実」なのだろうか?
 仮に掲載されたとしても「そんなことは気にしないで棋士は対局に専念してほしい」というように棋士の対局する権限を守ることが、連盟会長の務めなのではないだろうか。
 しかも実際発売された「週刊文春」に三浦九段の件が書かれた記事の取材に答えている棋士の中には、竜王戦の当事者である渡辺竜王と、常務理事である島朗九段、そして最後のほうには谷川会長も少しだけだがコメントが出ているのである。特に渡辺竜王と島九段は、三浦九段の不正をほぼ確信しており、あたかもこのことを世に知らしめるために記者の取材に答えたかのような文面であった。
 火のない所に煙は立たぬ、というが、自分らが仕事をする管轄内で煙が出ようとしているのに、煙を止める努力をするどころか、逆に自ら炎上させるように根回しをしたようなものだ。渡辺竜王が竜王戦の挑戦者変更が決まった日に自身のブログに「大変なことになってしまいましたが」と他人事のように書いていたことが、のちに大顰蹙を買う所以となった。
 一方三浦九段の会見において、(三浦九段が)自分の方から休場を申し出たことになっているが、の質問に対して、実はこの常務会において「このままだと竜王戦が中止になってしまうから、休場してほしい」という提案をされたという新事実が出てきたのである。要するにこれは一種の脅しである。(三浦九段によると渡辺竜王もこの時同席していたということだ。)この点に対して専務理事である青野九段は「我々の方から三浦さんに休場をお願いしたことはない」と否定はしたものの、連盟が週刊誌に記事が載るという事実を知っていてそのことを重く見ていた(掲載された内容を未確定な事実として否定する、という姿勢を取ることも可能だったにもかかわらず)ことを考えると、「三浦九段さえ出なければ何とかなるのではないだろうか」という場当たり的考えが浮かんだとしても不思議ではないと思った。
 そもそも今回の件は、進化する電子機器への対策をなおざりにしていたことが原因だろう。長時間対局するのが当たり前のプロ棋戦において、離席の回数や時間の長さが問題にされるのならば 極端な話、自分の手番の時に食事休憩が入れられなくなってしまうだろう。もっと早い時点でスマホの持ち込み禁止の状態で対局を行うようにすれば、疑心暗鬼にならなかったはずである。連盟は自分たちの不手際により招いた事態を、賞金の大きな棋戦である竜王戦を守るということを口実にして、一棋士の責任で終わらせようとしたといっても過言ではない。
 
 最後に連盟会長及び理事の方々に問う。あなた方は棋士でありながら、棋士の人権を無視したのである。この事の重大さをどうお考えか。
 棋士というものは将棋に命を懸けても惜しくはない生き物かもしれない。だが将棋連盟という組織のためになど、命を懸けたくはないだろう。
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秋霜烈日~限りなく黒に近いのはどちらか~  [将棋]

先週、将棋界に衝撃が走った。
第29期竜王戦の七番勝負の挑戦者に決まっていた三浦弘行九段が年内まで出場停止処分にされたのである。
 処分に至った経緯はおよそ次のとおりである。
 
2016年夏以降、5人前後の棋士から三浦に対局中の離席が目立つという指摘があり、日本将棋連盟はスマートフォンなどによる不正の疑いがあるとして、10月11日、常務会において三浦に説明を求めていた。この常務会において三浦は不正を否定したものの、常務理事たちは納得せず、最終的に三浦は「疑念を持たれたままでは対局できない」と休場の意思を示していた。しかし、期限とした翌12日15時までに休場届が提出されなかった為、12月31日までの公式戦出場停止処分にしたものである。また、連盟は10月13日に、聴取を尽くしたとして、今後追加で調査する考えがないことを明らかにした。

 率直な感想を述べると、仮に三浦さんが最新のスマホで次の一手を確認しながら、あの竜王戦決勝トーナメントでのきわどい踏み込みや、先の順位戦での45桂以下の指し回しを見せたのであれば、これはまさにトーナメントプロとしては失格処分を受けてもしょうがない行為であろう。まだ弱いプロならともかくも、三浦九段はA級棋士なのである。除名扱いされても文句は言えまい。
 チェスの世界ではもう何年も前から人間よりソフトが強いのは当たり前なので、この手の不正行為に対する警戒もかなり厳しいものとなっているようだ。
 しかしどうも今回の不祥事に関する連盟の対応には、すっきりとしないものがあるのも事実だ。
 
 まず単に離席が多いというだけなら、怪しまれる人物は他にもいるだろう。まだスマホアプリがそれほど強くなる前の話だが、順位戦の夜の中継を見ていたら、カバンごと持って離席を何度かしたA級棋士がいた。考えようによっては十分怪しい行為ではないのか。
 次に五人前後の棋士とは具体的にだれなのだろうか。今回の件は三浦九段のみならず、棋士全体の名誉にかかわることなのだから、三浦九段が不正をしていたと感じる根拠を責任をもって明確にしてほしいものだ。そして三浦九段にきちんと謝罪をするように理事ともども説得してほしいものである。
 ところが実際は、休場届が出されていないということに対する処分、ということになっており、しかも本人は不正行為を認めていないのにもかかわらず、もうこれ以上の追加調査は行わないというではないか。
 これでは単に三浦九段を竜王戦に出させたくないための処分というのが見え見えなのである。
 確かに不正行為をした疑いがある人物が将棋の2大タイトル戦の一つに出場するというのは由々しい事態だが、三浦九段を聴取した時期といい、出場停止処分の期間といい、まさに「とりあえず三浦を竜王戦に出さないようにすればそれでよし」という、スポンサーの顔色だけ窺っているような行動である。これでは急遽替わりの出場が決まった丸山九段も、複雑な心境であろう。

 田丸昇九段が10月14日付のブログで次のように述べている。
「・・・ただ三浦九段の名誉と棋士生命に関わる重大なことを、常務会がわずか1日で決定したことについては疑問に感じています。結果的に将棋界と棋士のイメージが悪くなりました。今後は真相の究明が大事だと思います。」
 この一文を読んで、かの「秋霜烈日」ということばを思い出した次第である。
 
 確かに不正行為をしたのであればそれは許されないことだが、だとしたら、たとえ将棋棋戦が一時的に行われないような事態に陥ったとしても、きちんと真相を解明して「将棋界はこのような不正行為を断じて許さないし、棋士にも行わせない」ということをアピールするべきであろう。
 将棋連盟理事の方々も重々ご承知のことと思うが、今こうしている時間にも、将来の棋士を目指して日々戦っている奨励会員や研修生、更にはそれらを受験するために将棋に取り組んでいる若者たちがいるのである。現役棋士たちは彼らの未来のためにも将棋界を守らなければならないのだ。それは、ただ単に契約金を出してくれるスポンサーを集めておけばよい、ということではないはずだ。まず世間に誇れる将棋界でなくてはならない。
 とかく近頃の将棋界は、(将棋の内容も含めて)目先の損得にこだわるような動きばかりが目に付くことが多いので、はなはだ興ざめするばかりである。

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棋士には見えにくい「将棋」の本質というもの(エピローグ) [将棋]

さて、この秋、将棋界にまた新たな記録が作られた。
第59回奨励会三段リーグ戦において藤井聡太三段が四段昇段を決めた。14歳と2か月での四段昇段は加藤一二三九段の持つ14歳と7か月での4段昇段の記録を実に62年ぶりに更新したことになるので、これはこれで実に素晴らしいことである。
ところが、この嬉しいニュースに何やらケチをつけた人物がいたということを、私はつい最近まで知らなかったのだ。
以前に別な件で取り上げた「A級リーグ指し手一号」のブログ主の伊藤英紀氏である。

もともと棋士という職業は、プロの資格を取ったからと言ってその後の収入の保証が確定しているものではない。プロになってからも厳しい競争が待ち構えているのだ。実際奨励会を卒業して晴れて四段になっても、順位戦で上のクラスに上がるどころか降級点を取り続けてフリークラスに転落し、そのまま30代で引退となってしまった棋士もいるわけで、そのことは奨励会を受験する時点で師匠から保護者ともどもきちんと話されているはずであろうから、伊藤さんの心配はいささか余計なお世話であるように思える。

ただ、そうは言ってもやはり、戦後から昭和、そして平成にかけて繁栄してきたプロ棋界が今後も今の状態を維持できるのか、ということに関しては「不屈の棋士」に登場している棋士のほとんどが、先行きに不安を感じているようだ。
プロ棋士という職業自体はなくならないであろう。あくまで人間同士で勝敗を競い合う競技者として将棋棋士は存在し続けるであろう。
 ただ、問題は棋士の待遇である。
 よく「奨励会に入るだけでも選ばれた存在なのだから、プロ棋士になった人はみな天才の部類。ましてや毎年タイトルを取り続ける羽生さんは天才の中の天才、いやさらなる超天才だ」みたいな言い方をされているのを見かける。
 しかしそのような文脈が、今後も通用するのだろうか。
 三平方の定理を証明したピタゴラスや、万有引力の法則を発見したニュートンはまさに歴史に名を遺す天才数学者であるが、それはその時代の先駆者としての価値を認められているからに他ならない。今は逆に三平方の定理を知らなければ「中学でちゃんと勉強したのか」と馬鹿にされたりする始末だ。
 プロ棋士のほとんどが負けてしまうような将棋ソフトが作られ、さらにはそれと似たようなレベルの将棋ソフトが他にも作られていく現状があり、さらにそのソフトのレベルが年々上がっているという中で、それでも「プロ棋士のすべてが天才」という価値観が保たれることには、正直、違和感を覚えざるを得ないものである。
 実際そうした価値観のもとで棋界を隆盛させてきた傾向があることは紛れもない事実だ。そしてその価値観が時代の流れによって変わろうとしている。
 単にアマチュアよりも将棋が強い、というだけならもはやソフトがあれば十分なのだ。
 これからの棋士は、今まで以上に将棋に対する情熱を将棋ファンと世間にアピールしていかなければ生き残れないような気がする。
 ・・・そう、例えば来月映画が公開される「聖の青春」の村山聖のような情熱を。

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棋士には見えにくい「将棋」の本質というもの(改編)その2 [将棋]

今年行われた第1期電王戦の第一局が終わった後の会見の時に、日本将棋連盟理事の青野九段が次のようなことを言っていた。
「少なくとも今日の将棋には山崎八段のいいところがあまり見られなかったのが残念であったので、第二局では人間の素晴らしさというものを見せてもらいたい」
 そしてひと月半後に行われた第二局。結果的にこの将棋もPonanzaの勝利には終わったが、山崎八段はこの将棋においても実に人間らしいところを見せてくれたと思う。
 実は人間側が先手番の時には、何やら序盤で少しばかり先手が有利になる手順を、山崎さんの弟弟子でコンピュータ将棋に詳しい千田五段が発見していたようで、初手に2六歩として相がかりを目指せばそれが実現するということを山崎さんに事前に知らせて、さらに糸谷八段らとも研究したうえでこの手順で行ったほうが良いということを山崎さんに伝えていたのである。

 しかしいざ第二局が始まり、山崎八段が指した初手は7六歩。一日目朝から検討用の継ぎ盤の前に集まっていた森信雄門下の若手棋士たちは、一瞬にして驚愕と落胆の雰囲気に包まれてしまったのである。
 なぜ山崎八段が2六歩を指さなかったのか。別に人から教えられた手を指すのが嫌だとか言う見栄とかではない。その手順で指してもその後の局面が山崎さんにはそれほど有利になるとも思えなかった。それならば自分で考えて有利になると思う手順を選んだ方がいい、という判断をしたのである。
 事前の研究も頭に入れたそのうえで、最終的には自分で考えて、いいと思った手を指す。
 実に当たり前のことだが、どうも最近の棋士たちの間では、こと対コンピュータということになると、とにかく何とかして勝ちたいというエゴが強いのだろうか、この当たり前の本質がどこかに追いやられてしまっているのだ。
 特に電王戦FINALの時は、団体戦はこれが最後ということもあって、対戦する棋士5人以外にも事前研究に協力させて、いざ本番の対局の時には、その用意された嵌め手にコンピュータが引っかかるかどうかが注目だなどと、解説や聞き手が平然と話している場面もあったのである。
 いくらコンピュータと対戦する将棋だからと言って、こういう将棋の本質に反するような番組を棋士たちが主催してよいものなのだろうか。山崎八段が指した一手は、コンピュータ将棋への最近の棋士たちの態度に対する、最大限の抵抗を感じさせるものであった。
 人間が指そうがコンピュータが指そうが、同じ将棋であることに変わりはない。
 ただ数年前に比べるとコンピュータ将棋が急激にレベルアップしてしまったので、人間同士で指すような感覚だと、もうプロでも勝てないレベルにまで来ていて、これからは更にコンピュータが強くなる恐れがある、という事実が現状だということだ。
 だからと言って人間は自分で考えた手を指すのが自然であり、それが将棋の本質であることに変わりはない。それはだれにも邪魔されることのない対局者の権利である。ましてや棋士がその将棋の本質を尊重しないでどうするのか?
「コンピュータがどうだろうが、人間は自分の頭で考え抜いた手を指すもんなんだよ。たとえ負けてもな」
 山崎八段の指した手に込められたメッセージに、棋士のあるべき姿を垣間見た気がする。
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棋士には見えにくい「将棋」の本質というもの(改編) [将棋]

7月20日に「不屈の棋士」というタイトルの本が発売された。
不屈の棋士 (講談社現代新書)

不屈の棋士 (講談社現代新書)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/07/20
  • メディア: Kindle版



ー人工知能に追い詰められた「将棋指し」たちの覚悟と矜持ー
・・・何やらずいぶん大袈裟な見出しだなあ、と思いながらも、やはりポナンザのような強い将棋ソフトが出現してくると、将棋の最強集団であると言われてきたプロ棋士たちは、こういう見方をされても致し方ないんだろうな、と実感した次第だ。
 別に私はこの本のレビューを書きたいわけではないので、詳細についてはここでは触れないが、この本で取り上げられている11人の棋士のインタビューをざっと読んでいて、気になることがあった。そして私は以前、今回と同じタイトルで少し長めの記事を書こうとしたのだが、途中で新しいPCに買い替えたり、盤面図の出し方がよく分からなくなってしまったせいで、何やら中途半端な記事になってしまったのだが、今回この本を読んでいて、その時に書きたかったことが結構鮮明に思い出されてきたような気がしたので、改めてここで書き直してみたいと思ったのである。

 気になった言葉というのは「人間らしい将棋」「人間にしか指せない将棋」という表現である。
 同じ将棋を指すにしても、人間の将棋とコンピュータの将棋ではかなり異質だという。
 それはこの本の筆頭に出てくる羽生三冠と渡辺竜王、そしてその他の棋士からも異口同音に語られることである。
 そして今後ソフトがさらに進化して、まったく棋士が歯が立たなくなってしまったら…ということを想定したときに「強い弱いは度外視して、人間らしい将棋を指せばいいのでは」という意見が出てくるのである。
 私はふと苦笑してしまいそうになったものだ。
「はあ・・・プロ棋士がいまさらそれを口にするかねえ」
 なぜなら、将棋がなかなか強くならない素人たちから見れば、トッププロの指す将棋なんてのはおよそ人間らしくないからだ。
 最初はだれでも皆初心者で、ルールを覚えたら好き勝手に思いついた手をパッパッと指していくものだ。うっかり王手に気づかずに王を素抜かれようものなら、待ったをする。相手の二歩に気づいて指摘したら、先に自分も二歩を打っていたのに相手が気づいていなかったとか、初心者どうしならばめずらしくも何ともない光景だろう。
 やがて自分より強い人に出くわして、何とかしてこの人に勝ちたいなあと思い始め、ただ自分のやりたいように指しているだけでは限界があるということを知らされる。そして勝つために定跡やら手筋やらを覚え、さらには相手の玉を王手の連続で詰まさなければだめという、実戦ではありえない限定されたルールの詰将棋というものを解いたりして、上達するための考え方を身につけていくのである。
 そうした将棋に勝つ考え方により特化された頭脳を持ち合わせた集団の中で腕を競い合って、勝ち上がっていた者たちがプロ棋士なのである。
 そういう観点から見れば、棋士の頭脳はこと将棋に関していえば、およそ普通の人間とはかけ離れたところにあるのだ。とてつもなく強い人のことを「鬼のように強い」などと表現するが、正にその言葉通り、トッププロの強さは人間を超えているとみなされるのであろう。
 ソフトの実力を認めつつも、ソフトを利用して将棋を研究したり検討したりする姿勢を真っ向から否定する代表棋士の一人が第5章に登場する佐藤康光九段である。
「将棋はそんなに簡単じゃありませんから」
 この本の筆者の前で何度もこの言葉を、怒ったような口調で口にしていたそうだ。
 なるほど、コンピュータで局面を検索すれば一瞬にして、この名人の指した手は疑問手であり、ポナンザの候補手はこうで、実はこう指していれば名人は優勢を保てていた・・・などと観戦記に書かれてしまう事態がよくあるので、不快に思うのであろう。
 しかしよくよく考えてみてほしい。確かにそうやってソフトを使って結論を出してしまう人自体には、もっと自分の頭で考えて将棋の奥深さを学んでほしいとも言いたくなるものであるが、果たしてソフトを使って検討している人たちやソフトを開発している人たちすべてが、将棋は簡単なものだと思っているのだろうか。むしろ将棋というゲームの難解さをよくわかっているから、強いソフトを使ったり作ったりしているのではないだろうか。
 「第一感はこうですねー」
 よく解説でプロが口にする言葉である。佐藤九段自身も大盤解説で何度も言ったはずである。
 現にプロ棋士の直感というのは7割以上は当たるものらしい。それはプロになるために若いころから研鑽を積んできたからに他ならない。要は初心者ならいくら考えても正解が見つからない局面だとしても、ある程度強くなればいちいち読まなくても最善手がわかる確率が増えていく。その最たる存在がプロ、さらにはタイトルを取るようなトッププロ「だった」のである。
 今までは自分たちがしてきた役割を将棋ソフトにとってかわられて「そんなに簡単に結論が出るものではない」と、将棋に関しては素人である観戦記者に対して怒ったような口調で言う。
 果たして佐藤九段は自分のしている行為の矛盾に気づかないのだろうか。
(続く)
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第1期電王戦、始まる [将棋]

ニコニコ動画で将棋のタイトル戦が中継されるようになったきっかけともいえる、将棋電王戦が開催されて、早いものでもう5年が経つ。

昨年、一部では「プロ棋士による将棋ソフト研究発表会」などと揶揄されながらも、とりあえずプロ棋士側の3勝2敗という形で決着がついて、負けっぱなしだった棋士側がなんとか勝ち越して面目を保ち、めでたしめでたし・・・となるのかと思いきや、今年もまた行われることと相成った。
 今期からは、昨年創設された新棋戦「叡王戦」の優勝者が、ドワンゴが主催しているコンピュータ将棋の大会「将棋電王トーナメント」で、優勝した将棋ソフトと二番勝負を行う、という規定になっている。
 叡王戦の参加者はエントリー制だ、という話を聞いたので「若手棋士中心の棋戦になるのかな」と思っていたら、永世名人資格保持者の谷川九段、森内九段をはじめ、ほぼ全員の棋士が、段位別に行われる予選に名を連ねているので、非常に驚いた。フリークラスのベテラン棋士まで参加しているので、
「万が一にも優勝したらどうするの?ソフト相手に持ち時間八時間使って2日間、戦わなきゃいけないんですよ先生」と思わず聞いてみたくなったものだ。(ちなみに来月その棋士の一人に会う予定になっているので冗談交じりにぜひ聞いてみたい。もちろん自分の実力じゃそこまで勝ち上がれないと思っているのだろうが)
 そうして羽生名人と渡辺竜王、この二人はエントリーされていない。以前に、電王戦に出来ればはタイトル保持者は出したくない、というようなことを谷川九段が話していたので「ああ、タイトル保持者は出ないのかな」と思っていたところ、郷田王将と、棋戦開始時は竜王だった糸谷八段もちゃんとエントリーされている。
 渡辺竜王は自身のブログで「あくまで自分の意志で参加しないことを決めた」と表明しているが、やはりほぼ全員の棋士が参戦しているのにも関わらず、なぜ現在の棋界のトップ2である羽生渡辺の両雄が出ていないのかが気になるところではある。(渡辺竜王以外のA級棋士は全員が叡王戦に参加している)

 まあ何はともあれ第1期叡王戦は無事行われ、山崎隆之八段が優勝した。決勝三番勝負では郷田真隆王将に連勝した。タイトルホルダーを負かしての優勝は彼の底力を見せつけるにふさわしいものであった。
 そして一方の将棋ソフトの代表は、もうすっかりおなじみのPonanzaである。これまでの電王戦に既に三回出場してすべて勝っている最強ソフトである。

 今期の電王戦では持ち時間が8時間ということになっている。以前に菅井五段(当時)が同じ持ち時間で徹夜で将棋ソフト習甦と対戦したことがあったが、今回は二日制の対局である。一日目の18時になった時点で人間側が封じ手を行う、ということになっている。
 個人的にはこの封じ手をいかに利用するかが、コンピュータに勝つためのポイントになるように思っていた。・・・別に「古畑任三郎」に出てきた米沢八段のように不正して勝つ、ということではなく・・・封じ手は人間側が必ずやるものだと決まっているから、事前に練習対局でPonanzaの得意の戦型を調べておき、想定される局面の中からその十何手後かの後に人間が優勢になるような手順を見つけておいて(まあそれでも確実に勝てる保証はないが)、その局面に誘導した時点で敢えて用意の一手を指さずに封じ手にするのである。コンピュータソフトは特に中盤だと同じ局面だと同じ手を繰り返し次の一手として選ぶ傾向がある。もし事前研究で山崎八段が自分が指しやすいと思うような順を見つけているなら、その局面までは一日目まで指しておいて、用意している手を封じ手にすれば、勝てるかどうかはともかくとして、自分の指したいような展開に持ち込んで二日目での勝負にできるのではないか、などと想像していたのである。

 ところが、実際に行われた第一局ではすでに一日目の夕方にはPonanzaが優勢の局面になっていたようだ。先崎学九段の観戦記によれば、33手目▲5五同角の局面では後手に思わしい手がないようで、山崎八段は△2五飛と勝負に出たが▲3三角成と切られた手に△同金とした手が明確な敗着となってしまった。
 しかしこの次の先手Ponanzaの指した手が、驚くべき程の好手順なのだ。
 ▲8二歩成△同銀▲6五桂である。一見、飛車で桂馬をただで取られてしまいそうなのだが6五同飛には▲2二歩で先手の攻めがつながる。かといって5三桂不成の筋を△5二歩などと受けたりすると▲8五飛という手が飛んでくる。これが銀取りと5三桂不成の王手飛車の両方の狙いが受けづらい。直前に山崎さんが指した手が疑問手だったとはいえ、こんなに鋭い手順ではっきり優勢に持ち込まれてしまっては、どちらがプロなのかわからない状態である。山崎八段は次の一手▲3一角を封じ手にしたが、こう打つようではもうすでに先手が優勢で、2日目の将棋は山崎八段がなんとか先手玉に嫌味をつけようと反撃に出るが、Ponanzaに冷静に対処され優勢を拡大され、いいところなく後手投了となった。

 さて、改めて先崎九段の観戦記を読んでみると、もう完全にコンピュータのほうがプロより上だと宣言したのも同様な書き方であった。先日、囲碁の方でも韓国のトッププロであるイ・セドル九段がグーグル社開発のアルファ碁に1勝4敗と負け越した流れもあってか、これほどはっきりと現役の高段プロによる敗北宣言が出されたのは初めてなのではないだろうか。

 だが一つだけ突っ込みを入れたくなるとすれば、次の箇所である。

だからといって棋士達がコンピュータとの対決を嫌がるかというと、むしろ逆である。そもそも棋士は、自分より強い者と闘うのが好きなのだ。そりゃ負けるのは嫌だ。だが強い相手に立ち向かってゆくのは、喜びでもあるのである。そうした「よい精神」を棋士は皆持っている(中略)

どちらが上ではなく、今後は、我々棋士は常にチャレンジャーである。よいではないか。向かっていこうじゃないか。憎き(強いからという意味で)コンピュータに一泡ふかせてやろうじゃないか。もともと、将棋を覚えた初心者のころから今まで強い相手と指し、負けて強くなってきたんだ。その繰り返しで今まできたんだ。さらに上がいる。指せる。光栄じゃないか。だいいち、気が楽だ。


 もう棋士全体がそういう認識なら、流石にもう羽生さんとPonanzaの対戦があってもいいはず・・・ですよねえ。「よい精神」を持つ棋士の代表みたいなもんでしょ。羽生さんって
 (いつやるの?今でしょ!)

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