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不愉快なプレゼント [日記・雑感]
私の家から歩いて3分ぐらいのところに阪神地区ではわりと有名なコーヒー店がある。チェーン店になっていて私が住んでいる市内には4店舗あるらしい。
私は実家の母がコーヒー好きで昔からよく飲んでいるせいか、自分もなんだかんだ言ってドリップコーヒーをよく飲む方だ。(家で酒を飲む習慣がないせいもあるだろうが。)インスタントで済ませることもあるが、まあ一日一杯ぐらいはいい香りのするコーヒーを飲みたいと思う方である。
それで、ここ一、二年ぐらい時々そのコーヒー店でコーヒー豆の挽いてもらったやつを購入することになっている。
最初コーヒー豆を購入した時にその店の会員になることを勧められた。まあ会員と言っても入会金とかを取られるわけではないが、コーヒー豆を購入した時にポイントが付くカードを作るのに300円かかったり、住所と名前と生年月日と電話番号を記入したりと、結構煩わしいような気がしてその時は断ったのである。
しかし、そのあともその店にコーヒー豆を買いに行くたびに入会を勧められるので、まあ頻繁にここで買うわけだから入るほうが得だろうな、と考えてつい最近カードを作ることにした次第だ。
さてこのコーヒー店のサービスの一つに、カードを持っている顧客それぞれの誕生日にプレゼントとして特典が2つほどついてくることになっている。たまたま2月は私の誕生月なので、一週間ほど前にその特典の付いたハガキが家に送られてきた。
「お誕生日おめでとうございます。
日頃のご愛顧に感謝して心ばかりの特典をご用意いたしました。
特典1 ○○各店の御飲食1000円券
特典2 ○○各店の挽き売りコーナーでコーヒー豆を全品20パーセント割引販売」
まあけっこうお得なプレゼントなのではあるが、私にとってはちょっと気になるのが特典1だ。
以前書いたように私は外出する際には電動車いすを利用している。そのコーヒー店は入口のところに階段こそないものの、道路からみるとけっこう高い二、三の段差があるので、当然のことながら店内には入れない。私は買い物をするときには必ずヘルパーが同行してくるので、その店でコーヒー豆を買う時は、ヘルパーに頼んで店員を呼んできてもらい、表で買いたいコーヒー豆を選んで自分でお金を払うようにしている。
買い物の途中に寄るわけであるから、そんなにゆっくりしてる暇はないので普段は豆を買って帰るだけだが、利用している福祉サービスの中には余暇活動のために使っていい時間も認められているので、たまにはその店でコーヒーを飲みたいものだが、道路から入り口まである段差のせいで、仮に店の店員とヘルパー二人で協力してもらっても私を載せた電動車いすを入口まで運ぶのは無理である。以前に私が車いすから降りてヘルパーに支えてもらって店内に入っていったことがあるが、かなり危ない思いをした。実際なんかのはずみで転んだりしたら下はアスファルトの地面なわけであるからけがをしかねないので店内での飲食は控えている。
その店にはコーヒー以外にもサンドイッチやフレンチトーストが注文できるので以前にそれらをテイクアウトしようとしたらば、商品の品質を保持する都合上だとかで、店内の飲食物はテイクアウト出来ないことになっているそうだ。夏にアイスコーヒーを買って帰りたいと思ったがやはりダメだと言われた。要するにこの店で店内で飲食用に売ると決められたものは持って帰ることはできないようなのだ。持って帰ることができるのはケーキだけだ。
じゃあこの1000円券でケーキを買えるのかと言うと、特典1の備考欄に
「店内の御飲食に限ります」
とご丁寧にも但し書きがされている(笑)。せっかくの特典がこのままではパーである。
しかしせっかく送られてきたのだから、このカードを持っていけば何かいい案を考えてくれるかもしれないと思い、いつものように買い物の帰りにその店に寄ってみることにした。
店の前について例によってヘルパーさんに店に入って人を呼んできてもらう。学生のアルバイト風の男性が出てきたので
「あの済みませんがここの店長さんおりますでしょうか?」
と話してみた。その男性は何度かコーヒー豆を買ったときに私と出くわしているので、対して驚いたそぶりも見せずに事情を察したように「少々お待ちください」と言って中に入って行った。しばらくすると店から30代前半ぐらいの男性の店員が出てきた。この人は初めてみる顔だ。
「店長は先月他の店に異動になりまして・・・私が今店長代理と言うことになっておりますが、」
早速例のカードを見せてこちらの事情を説明すると大して困った様子も見せずにその店員は
「ああ、こちらの特典は店内の御飲食に限られていますので、店内でお食事ができない場合はダメですね」
とあっさりと答えた。
私がこの店でコーヒーを飲めないのは店の中に入れないからである。電動車いすで通れるような入口になっていればヘルパーも同行してきてくれているわけだから何の気兼ねもなく他のお客さん同様淹れ立てのコーヒーを楽しめるわけだ。要はこの店の入口がバリアフリーになっていないせいで私は特典を利用できないということである。世の中すべてをバリアフリーにしろとは言わないが、少なくとも今の高齢化社会において、多くの人々が行き来する駅前に店を構えていながら、何らかの事情で店舗をバリアフリーにできていないのならば、そのことに対してそれなりの責任を感じなければいけない時代であるだろう。
別にどうしてもその店でコーヒーを飲ませろ、などというつもりはない。ただ、いつも利用してもらっている客に対して、
「当店の都合でお客様にご迷惑をかけてしまって、大変申し訳ございませんが・・・」
ぐらいの言葉は常識として出てくるべきだろうと思うのだが、とんだ不愉快なプレゼントをいただいたものだった。
私は実家の母がコーヒー好きで昔からよく飲んでいるせいか、自分もなんだかんだ言ってドリップコーヒーをよく飲む方だ。(家で酒を飲む習慣がないせいもあるだろうが。)インスタントで済ませることもあるが、まあ一日一杯ぐらいはいい香りのするコーヒーを飲みたいと思う方である。
それで、ここ一、二年ぐらい時々そのコーヒー店でコーヒー豆の挽いてもらったやつを購入することになっている。
最初コーヒー豆を購入した時にその店の会員になることを勧められた。まあ会員と言っても入会金とかを取られるわけではないが、コーヒー豆を購入した時にポイントが付くカードを作るのに300円かかったり、住所と名前と生年月日と電話番号を記入したりと、結構煩わしいような気がしてその時は断ったのである。
しかし、そのあともその店にコーヒー豆を買いに行くたびに入会を勧められるので、まあ頻繁にここで買うわけだから入るほうが得だろうな、と考えてつい最近カードを作ることにした次第だ。
さてこのコーヒー店のサービスの一つに、カードを持っている顧客それぞれの誕生日にプレゼントとして特典が2つほどついてくることになっている。たまたま2月は私の誕生月なので、一週間ほど前にその特典の付いたハガキが家に送られてきた。
「お誕生日おめでとうございます。
日頃のご愛顧に感謝して心ばかりの特典をご用意いたしました。
特典1 ○○各店の御飲食1000円券
特典2 ○○各店の挽き売りコーナーでコーヒー豆を全品20パーセント割引販売」
まあけっこうお得なプレゼントなのではあるが、私にとってはちょっと気になるのが特典1だ。
以前書いたように私は外出する際には電動車いすを利用している。そのコーヒー店は入口のところに階段こそないものの、道路からみるとけっこう高い二、三の段差があるので、当然のことながら店内には入れない。私は買い物をするときには必ずヘルパーが同行してくるので、その店でコーヒー豆を買う時は、ヘルパーに頼んで店員を呼んできてもらい、表で買いたいコーヒー豆を選んで自分でお金を払うようにしている。
買い物の途中に寄るわけであるから、そんなにゆっくりしてる暇はないので普段は豆を買って帰るだけだが、利用している福祉サービスの中には余暇活動のために使っていい時間も認められているので、たまにはその店でコーヒーを飲みたいものだが、道路から入り口まである段差のせいで、仮に店の店員とヘルパー二人で協力してもらっても私を載せた電動車いすを入口まで運ぶのは無理である。以前に私が車いすから降りてヘルパーに支えてもらって店内に入っていったことがあるが、かなり危ない思いをした。実際なんかのはずみで転んだりしたら下はアスファルトの地面なわけであるからけがをしかねないので店内での飲食は控えている。
その店にはコーヒー以外にもサンドイッチやフレンチトーストが注文できるので以前にそれらをテイクアウトしようとしたらば、商品の品質を保持する都合上だとかで、店内の飲食物はテイクアウト出来ないことになっているそうだ。夏にアイスコーヒーを買って帰りたいと思ったがやはりダメだと言われた。要するにこの店で店内で飲食用に売ると決められたものは持って帰ることはできないようなのだ。持って帰ることができるのはケーキだけだ。
じゃあこの1000円券でケーキを買えるのかと言うと、特典1の備考欄に
「店内の御飲食に限ります」
とご丁寧にも但し書きがされている(笑)。せっかくの特典がこのままではパーである。
しかしせっかく送られてきたのだから、このカードを持っていけば何かいい案を考えてくれるかもしれないと思い、いつものように買い物の帰りにその店に寄ってみることにした。
店の前について例によってヘルパーさんに店に入って人を呼んできてもらう。学生のアルバイト風の男性が出てきたので
「あの済みませんがここの店長さんおりますでしょうか?」
と話してみた。その男性は何度かコーヒー豆を買ったときに私と出くわしているので、対して驚いたそぶりも見せずに事情を察したように「少々お待ちください」と言って中に入って行った。しばらくすると店から30代前半ぐらいの男性の店員が出てきた。この人は初めてみる顔だ。
「店長は先月他の店に異動になりまして・・・私が今店長代理と言うことになっておりますが、」
早速例のカードを見せてこちらの事情を説明すると大して困った様子も見せずにその店員は
「ああ、こちらの特典は店内の御飲食に限られていますので、店内でお食事ができない場合はダメですね」
とあっさりと答えた。
私がこの店でコーヒーを飲めないのは店の中に入れないからである。電動車いすで通れるような入口になっていればヘルパーも同行してきてくれているわけだから何の気兼ねもなく他のお客さん同様淹れ立てのコーヒーを楽しめるわけだ。要はこの店の入口がバリアフリーになっていないせいで私は特典を利用できないということである。世の中すべてをバリアフリーにしろとは言わないが、少なくとも今の高齢化社会において、多くの人々が行き来する駅前に店を構えていながら、何らかの事情で店舗をバリアフリーにできていないのならば、そのことに対してそれなりの責任を感じなければいけない時代であるだろう。
別にどうしてもその店でコーヒーを飲ませろ、などというつもりはない。ただ、いつも利用してもらっている客に対して、
「当店の都合でお客様にご迷惑をかけてしまって、大変申し訳ございませんが・・・」
ぐらいの言葉は常識として出てくるべきだろうと思うのだが、とんだ不愉快なプレゼントをいただいたものだった。
悲しき遊技場・・・ [日記・雑感]
ネットのニュースを見ていて、意外なところでパチンコが繁盛している、という事実を知らされちょっと驚いた。
東日本大震災の被災地である東北の太平洋沿岸部と言うのは、もともとパチンコ店が多い地域らしいが、震災から半年の間にかなりの店が営業を再開したり、リニューアルオープンしている。私が読んだ記事は宮城県石巻市の取材記事だが、平日の午前九時から40人前後の人が行列を作って開店を待っていたそうだ。
パチンコやれるぐらいの余裕ができたのか・・・というとそういうわけではない。(そもそもそういうことなら、わざわざ記事になどしないだろう)
要するに津波によって失われた以前の日常を取り戻せないままに、何となくパチンコ店に出入りしてしまう人が結構多いということだろう。家族や近所の友人も何人かは死んでしまって、とりあえず自分たちは仮設住宅に住んで生活しているのだが、他にやることもないので、ついついパチンコに行ってしまう、という年配の男性が多いらしい。
私も5年ぐらい前は週に一回ぐらいの割でパチンコに行っていたパチンコファンだが、残念ながら開店前から並んでいた記憶はない。前にも書いたかもしれないが、いくら条件のいい台を打ってもその日の運が悪ければしっかり負けるのが今のパチンコだ。パチンコのプロと呼ばれている人たちは、この「負ける要素」を出来るだけ少なくしてトータルでプラスになるように持っていくように努力をしているわけだ。
昔から毎日パチンコを打っている、と言う人なら別だが、被災という事情でこのような状況に流されている人たちが勝つためのノウハウを詳しく知っているとは到底思えないから、大方の人たちは悲しいかな店の養分となってしまうのだろう。
午後7時。同じ店を再び訪れると店内は順番待ちする人まで出ていた。中学生ぐらいの女の子が、誰かを捜している。出玉の箱を5箱積み上げていた女性の所へ。短く言葉を交わすと女性が1000円札を手渡した。女の子の顔が一瞬、悲しそうにゆがんだ。
店を出た女の子に追いついて「お母さんなの?」と声をかけると、うなずいた。「1000円もらったよね?」「『隣でご飯を食べておいで』って。あそこのレストランに行くところ」「お母さんは毎日パチンコに来るの?」「『パートに行く』と出ていくのだけれど……」。最後は消え入りそうな声だった。
誰かを責めて解決することはないだろう。被災地の闇をパチンコ店の青白いネオンが寒々と照らしていた。
(以上2月2日毎日新聞朝刊より引用)
・・・これは被災地以外でもたまに見かける光景ではあるが、これを被災地で見てしまうとより一層悲しくなってしまうものである。しかし取りあえず誰も責めなくてよいから、解決策を見出してほしいものだ。
東日本大震災の被災地である東北の太平洋沿岸部と言うのは、もともとパチンコ店が多い地域らしいが、震災から半年の間にかなりの店が営業を再開したり、リニューアルオープンしている。私が読んだ記事は宮城県石巻市の取材記事だが、平日の午前九時から40人前後の人が行列を作って開店を待っていたそうだ。
パチンコやれるぐらいの余裕ができたのか・・・というとそういうわけではない。(そもそもそういうことなら、わざわざ記事になどしないだろう)
要するに津波によって失われた以前の日常を取り戻せないままに、何となくパチンコ店に出入りしてしまう人が結構多いということだろう。家族や近所の友人も何人かは死んでしまって、とりあえず自分たちは仮設住宅に住んで生活しているのだが、他にやることもないので、ついついパチンコに行ってしまう、という年配の男性が多いらしい。
私も5年ぐらい前は週に一回ぐらいの割でパチンコに行っていたパチンコファンだが、残念ながら開店前から並んでいた記憶はない。前にも書いたかもしれないが、いくら条件のいい台を打ってもその日の運が悪ければしっかり負けるのが今のパチンコだ。パチンコのプロと呼ばれている人たちは、この「負ける要素」を出来るだけ少なくしてトータルでプラスになるように持っていくように努力をしているわけだ。
昔から毎日パチンコを打っている、と言う人なら別だが、被災という事情でこのような状況に流されている人たちが勝つためのノウハウを詳しく知っているとは到底思えないから、大方の人たちは悲しいかな店の養分となってしまうのだろう。
午後7時。同じ店を再び訪れると店内は順番待ちする人まで出ていた。中学生ぐらいの女の子が、誰かを捜している。出玉の箱を5箱積み上げていた女性の所へ。短く言葉を交わすと女性が1000円札を手渡した。女の子の顔が一瞬、悲しそうにゆがんだ。
店を出た女の子に追いついて「お母さんなの?」と声をかけると、うなずいた。「1000円もらったよね?」「『隣でご飯を食べておいで』って。あそこのレストランに行くところ」「お母さんは毎日パチンコに来るの?」「『パートに行く』と出ていくのだけれど……」。最後は消え入りそうな声だった。
誰かを責めて解決することはないだろう。被災地の闇をパチンコ店の青白いネオンが寒々と照らしていた。
(以上2月2日毎日新聞朝刊より引用)
・・・これは被災地以外でもたまに見かける光景ではあるが、これを被災地で見てしまうとより一層悲しくなってしまうものである。しかし取りあえず誰も責めなくてよいから、解決策を見出してほしいものだ。
HONESTY [日記・雑感]
与野党間で事前協議するかしないかでさんざんもめていた国会だが、予定通り24日からスタートした。
野田内閣の主張する「税と社会保障の一体改革」。当然ながらこれが最大の争点になっていて、消費増税法案の提出は民主党のマニフェストに反する行為であるから速やかに解散総選挙をするべきだとする野党と、実際に消費増税が施行される予定の期日の前に衆議院の任期満了による総選挙が行われるわけだから公約違反には当たらない、とする野田内閣との間で、早くも意見が対立しているようである。
と、ここまで書いてきて、いささかバカらしくなってきた次第である。
増税をするのは、まあ要するにお金が足りないからであろうが、そんなことは民主党が政権を取る前からさんざん言われてきていたことである。そしてその時点で民主党は具体的な政策として、「子供手当」「高速道路の無料化」「ダム建設の中止」などをやってきたわけだが、結局どれもうまくはいかずに終わることとなった。普天間基地移設問題も暗礁に乗り上げてしまった。
それで菅首相に代わって「ギリシャみたいになったら困る」とか「一に雇用、二に雇用」などといろいろと言う割には具体的なことはほとんどやり遂げられないまま、支持率を下げ続けていたところに、大震災と原発事故が起こってしまったということだ。
実際、今後の復興や原発事故の補償にかかる費用やらも考えたら、ただでさえ苦しい財政がより一層厳しい状況に追いやられていっているというのは容易に想像できるのだが。
しかしそんな厳しい状況になっているにもかかわらず、この国会で行われているやり取りは何であろう。
「公約違反だから直ちに皆さん大臣をやめましょう」
「いいえ、別に違反してませんからいいんです。それにマニフェストに書いてないからとか言われたら何にもできないでしょ」
・・・こんな「ああ言えばこう言う」的なやりとりばかりやっていて時間の無駄だとは思わないのだろうか。
財源の確保にしても、景気の回復にしても、放射線の処理にしても、それを実行するには、相当の労力と時間が費やされるわけだ。地方を行脚して国民に理解を求めるのもいいが、もっと具体的に実のある仕事をしたらいいのにな、と正直思うわけだ。なにか、一刻でも早く山積みになった問題を解決しようというような緊迫感が感じられないのだ。
消費増税にしても「社会保障との一体改革」だとか、いかにも増税した分を国民のために回しますとかいうニュアンスにさせてるわけであるが、さすがにこれでだませるほど国民も能天気じゃないと思う。正直に「予期せぬ事態になっちゃったから仕方なく増税します。
ごめんなさい」ぐらいまで言って全国民に謝罪するとかした方がまだ理解を得られるんじゃないだろうか。
まあそんな正直さを政治家という生き物に求めるのは、酷な話なのかもしれないが。
Honesty is such a lonely word
Everyone is so untrue
Honesty is hardly ever heard
But mostly what I need from you…
野田内閣の主張する「税と社会保障の一体改革」。当然ながらこれが最大の争点になっていて、消費増税法案の提出は民主党のマニフェストに反する行為であるから速やかに解散総選挙をするべきだとする野党と、実際に消費増税が施行される予定の期日の前に衆議院の任期満了による総選挙が行われるわけだから公約違反には当たらない、とする野田内閣との間で、早くも意見が対立しているようである。
と、ここまで書いてきて、いささかバカらしくなってきた次第である。
増税をするのは、まあ要するにお金が足りないからであろうが、そんなことは民主党が政権を取る前からさんざん言われてきていたことである。そしてその時点で民主党は具体的な政策として、「子供手当」「高速道路の無料化」「ダム建設の中止」などをやってきたわけだが、結局どれもうまくはいかずに終わることとなった。普天間基地移設問題も暗礁に乗り上げてしまった。
それで菅首相に代わって「ギリシャみたいになったら困る」とか「一に雇用、二に雇用」などといろいろと言う割には具体的なことはほとんどやり遂げられないまま、支持率を下げ続けていたところに、大震災と原発事故が起こってしまったということだ。
実際、今後の復興や原発事故の補償にかかる費用やらも考えたら、ただでさえ苦しい財政がより一層厳しい状況に追いやられていっているというのは容易に想像できるのだが。
しかしそんな厳しい状況になっているにもかかわらず、この国会で行われているやり取りは何であろう。
「公約違反だから直ちに皆さん大臣をやめましょう」
「いいえ、別に違反してませんからいいんです。それにマニフェストに書いてないからとか言われたら何にもできないでしょ」
・・・こんな「ああ言えばこう言う」的なやりとりばかりやっていて時間の無駄だとは思わないのだろうか。
財源の確保にしても、景気の回復にしても、放射線の処理にしても、それを実行するには、相当の労力と時間が費やされるわけだ。地方を行脚して国民に理解を求めるのもいいが、もっと具体的に実のある仕事をしたらいいのにな、と正直思うわけだ。なにか、一刻でも早く山積みになった問題を解決しようというような緊迫感が感じられないのだ。
消費増税にしても「社会保障との一体改革」だとか、いかにも増税した分を国民のために回しますとかいうニュアンスにさせてるわけであるが、さすがにこれでだませるほど国民も能天気じゃないと思う。正直に「予期せぬ事態になっちゃったから仕方なく増税します。
まあそんな正直さを政治家という生き物に求めるのは、酷な話なのかもしれないが。
Honesty is such a lonely word
Everyone is so untrue
Honesty is hardly ever heard
But mostly what I need from you…
懲りない県知事… [日記・雑感]
大河ドラマの件で、兵庫県知事がまた何か言ったようですね。
まあ記者会見の席での発言ですから、マスコミに聞かれたから答えたのでしょうから、質問する方もするほうなんで、どういう経緯で発言されたのかまでわからないんですが。
今度は「瀬戸内海の海が青くなかった」とかなんとか。
まあ単なる個人の感想としてそのことを言ってるなら別にいいのですが、
「(ドラマの中に出てきた)瀬戸内海に船が浮かんでいる場面で、真っ青な海の色が出てこないようでは瀬戸内海と言えるのか、という話になりかねない。瀬戸内海の自然をきちっと映し出してほしい」
というように完全に制作者側への注文になってるんですよね。
まず気になるのは前回の発言同様、映像の明るさとか色彩に関する言及であるということです。
画面が綺麗でない、といってもそれはあくまでドラマの演出上の問題で、ほんとに画面が見にくいとか汚いとかいうわけではない。ましてや時代劇ですから、どことなくモノクロ的な古めかしい雰囲気を制作スタッフは出したいのでしょう。
そして何よりドラマなわけですから、やっぱり注目されるのはストーリーの面白さと、出ている役者の演技ですからね。
画面が薄汚れているから評判が悪く人気が出ない、というのなら、例えばかっての「必殺仕事人」シリーズなんて皆見なかったってことになりますね。(あれはいまだに再放送とかされてますが)
それとも「内容なんてどうでもいいからとにかく見た目を良くして清盛のイメージをアップさせろ」ってことなのでしょうか。
そして次に気になるのは、やはり単なる個人としての番組を見た感想の域を脱して、制作者側(NHK)への具体的な要求になってしまっていることです。
もちろんドラマの内容が人道的に問題があるとか、そういうことであるなら知事として堂々と発言してもらいたいですが、画面が薄汚いとか海が青くないとかいう個人の感覚のレベルにすぎないようなことで、制作者の仕事に注文をつけるというのは、やはりどこか不自然なんですよね。
まあドラマの人気による経済効果を期待してるから出てくる発言なんでしょうが、ドラマを作る側も当然プロなわけですから、制作に関する具体的な注文までされてしまうと向こうも「素人にそこまで言われる筋合いはないわ!」と、不愉快になってしまうんじゃないかな。ましてや知事の記者会見の場での発言ですからね。
いい加減にしとかないと、また以前のように、東京都知事をやっている怖い人に「役人の浅知恵だよ」とか一喝されてしまうのではないでしょうかね。
まあ記者会見の席での発言ですから、マスコミに聞かれたから答えたのでしょうから、質問する方もするほうなんで、どういう経緯で発言されたのかまでわからないんですが。
今度は「瀬戸内海の海が青くなかった」とかなんとか。
まあ単なる個人の感想としてそのことを言ってるなら別にいいのですが、
「(ドラマの中に出てきた)瀬戸内海に船が浮かんでいる場面で、真っ青な海の色が出てこないようでは瀬戸内海と言えるのか、という話になりかねない。瀬戸内海の自然をきちっと映し出してほしい」
というように完全に制作者側への注文になってるんですよね。
まず気になるのは前回の発言同様、映像の明るさとか色彩に関する言及であるということです。
画面が綺麗でない、といってもそれはあくまでドラマの演出上の問題で、ほんとに画面が見にくいとか汚いとかいうわけではない。ましてや時代劇ですから、どことなくモノクロ的な古めかしい雰囲気を制作スタッフは出したいのでしょう。
そして何よりドラマなわけですから、やっぱり注目されるのはストーリーの面白さと、出ている役者の演技ですからね。
画面が薄汚れているから評判が悪く人気が出ない、というのなら、例えばかっての「必殺仕事人」シリーズなんて皆見なかったってことになりますね。(あれはいまだに再放送とかされてますが)
それとも「内容なんてどうでもいいからとにかく見た目を良くして清盛のイメージをアップさせろ」ってことなのでしょうか。
そして次に気になるのは、やはり単なる個人としての番組を見た感想の域を脱して、制作者側(NHK)への具体的な要求になってしまっていることです。
もちろんドラマの内容が人道的に問題があるとか、そういうことであるなら知事として堂々と発言してもらいたいですが、画面が薄汚いとか海が青くないとかいう個人の感覚のレベルにすぎないようなことで、制作者の仕事に注文をつけるというのは、やはりどこか不自然なんですよね。
まあドラマの人気による経済効果を期待してるから出てくる発言なんでしょうが、ドラマを作る側も当然プロなわけですから、制作に関する具体的な注文までされてしまうと向こうも「素人にそこまで言われる筋合いはないわ!」と、不愉快になってしまうんじゃないかな。ましてや知事の記者会見の場での発言ですからね。
いい加減にしとかないと、また以前のように、東京都知事をやっている怖い人に「役人の浅知恵だよ」とか一喝されてしまうのではないでしょうかね。
ボンクラーズに勝つには…(後編) [将棋]

図では先手が7筋に攻めを集中させようとしている。ここで仮に5三金が5二にいるのなら後手は3一角として7五の地点を受けることができたので、先手が▲7六歩と合わせてきても数が足りているので大丈夫であったのだ。しかし5三金と上がってしまったのでこの受けができない。さかのぼると70手目の△4二金では先に3一角から5三角と角を転換させておいた方がいい形を維持しながら7五の地点に角をきかせることもできたので先手も攻めるのは難しかったようである。(この順は対局当日の大盤解説をしていた渡辺明竜王が指摘していた)
△3四歩▲6六歩△同歩▲同角△4四歩▲7六歩△同歩▲同銀

先手の角筋がそれたので後手は3四歩とついに角道を開けるが▲6六歩と合わせられて角交換を挑まれる。角交換するのは全体の陣形の差が響くので△4四歩はやむを得ないが、すかさず▲7六歩と合わせられて以下△同歩▲同銀となり、先手の攻めがつながる形となってしまった。図で△7五歩とするのは強く▲同銀とされ△同銀▲同飛△同金▲同角となり最後の7五角が5三の金取りになっているのが痛く後手がつぶれてしまう。
△6五歩▲4八角△4五歩▲7五歩△8四金▲7七桂△6六歩▲5七金△5五歩▲6五歩△5六歩▲6四歩△5七歩成▲6三歩成△4八と▲5三と

後手は6五歩から先手の角を追い△4五歩と再び角筋を通すがいったん▲7五歩が入るのが大きい。△8四金と逃げる一手だが、そこで7七桂と跳ねて香取りを受けながら桂を活用できるのが味が良い。△6六歩と先手の角道を止めるが5七金と更に攻めに厚みを加える。
ここで△7五銀と位を取り返そうとするのは▲6五桂という切り返しにあう。(この時に5三の金が浮き駒になっているのが痛すぎるのである)そうかといって放置すれば▲6六金と取られてしまう。どうやらこの時点で米長永世棋聖は自分の負けを悟ったようであった。△5五歩に対して先手は▲6五歩以下一直線の攻め合いに出た。ここはもっと穏やかに指す手もあっただろうが、一気に決めに出てくるところはいかにもコンピュータらしい。
△4九と▲同銀△6七歩成▲7四金△同金▲同歩△7八と▲7三歩成△同玉▲6五桂△6四玉▲7五銀打
までボンクラーズの勝ち

△49とでいったん先手玉に詰めろがかかるが▲同銀と取られて後手は継続がない。7四の地点を受けても7一銀などの寄せもあるので△6七歩成と形作りに出るのも致し方ないだろう。先手は7四金以下、後手玉をきれいに寄せてしまった。
今回の米長永世棋聖の厚みをとる指し方はなるべく直線的な戦いを避け、玉頭に手厚く位を張ってボンクラーズの無理攻めを誘うような作戦であった。
だがボンクラーズは有効な攻めがないと判断するやひたすら手待ちを続けたのである。5三金と上がる手が形が悪かったようでこれが最後まで響いたが、だが渡辺竜王の言うように3一角から5三角としたとして、確かにこれなら本譜のように攻めつぶされることはないとしても、先手から攻めてきてくれない限り後手としても下手には動けない。となるといずれは千日手である。米長永世棋聖は仮にご自身が先手番になったとしてもやはりこの右玉作戦で指すつもりで事前練習をしていたそうだ。
たしかに6二玉と指した手に対して四間飛車にして、後手に6筋7筋の位を取らせてもいいと判断している点はボンクラーズの欠点ではある。だが6筋と7筋の位を取ったとしても、それ以外に後手が払う代償が大きいのもまた事実だ。角の働きが悪く、玉の硬さも先手玉より劣っている。全体的なバランスで考えると後手が有利と言える状態にはなっていない。ただボンクラーズの強い攻めを封じたというだけで、自分から攻めていくことはできないのである。
正直に言うと、練りに練った作戦で打って出て、相手が攻めてきてくれなければ永遠に引き分けになってしまう、というのは、プロ棋士の技術として見た場合、ちょっといかがなものだったのか、という気がするのである。
前にも書いたとおり、米長永世棋聖は相手がコンピュータである、ということをちょっと意識し過ぎであるように思う。もっと純粋に、棋理にかなった戦略を考えるタイプの棋士との対戦を次回は見てみたいものだ。
ボンクラーズに勝つには…(前編) [将棋]
1月14日に行われた、コンピュータ将棋のチャンピオンソフトボンクラーズと米長邦雄永世棋聖との対局は新聞やテレビでも報道されたように、113手まででボンクラーズの勝利となった。
後手番の米長永世棋聖の初手は、前回の対戦と同じく6二玉。
この手についてはいわゆる定跡にはない手なので、奇策だとか言われていて、米長氏としては奇策とか書かれるのは心外であるらしい。ボンクラーズと対戦するにあたって、米長氏は前もっていろいろと対策を練り、考えに考え抜いた結果やはり6二玉がボンクラーズと勝負するには最善であろうという結論を出したようだ。
現に前回のボンクラーズ戦における敗戦の時に米長氏は
「6二玉自体は立派な指し手であるが、そのあとの私の指し方がまずかった。6二玉という指し手に大変申し訳ないことをしてしまった。」
という弁を述べており、その言葉通り今回の対局では序盤の手順に工夫を加えていた。後手は6筋7筋に位を取ることに成功し、おそらく序盤から中盤の入口までは米長氏の構想通りに進んでいたと思われる。

44手目△8五歩までの局面。6筋7筋の位が手厚い。先手としても玉の硬さは万全なので何とかして攻めたいのだが、今すぐ有効な攻めはない。ボンクラーズの指し手が見ものであったのだが・・・。
▲7六歩△同歩▲同飛△7五歩▲3六飛△8二飛▲6六歩△同歩▲同飛△6五歩▲9六飛△7三桂▲1五歩△7二玉

図でボンクラーズが出した結論は・・・指されてみれば実に単純だった。有効な攻め筋がないから手待ちをして相手の出方を待とうということである。▲4六歩から高美濃に組み替える手順も考えられるがこの局面の場合は飛車が横に行く余地がなくなってしまうのでこのまま平美濃で手待ちをした方がよいと考えたのだろう。
有効な指し手がないからと言ってこのように飛車が行ったり来たりを繰り返すのは、人間から見たらばかばかしいようにも思える。だがしかし、どんな局面でもお互いに一手ずつ必ず指さねばならないという制約があるゲームにおいては、こういう一見バカげた行為を何のためらいもなくできるということが、逆に強みになってしまうことがあるから将棋は面白いのだろう。
▲7六歩△同歩▲同飛△7五歩▲4六飛△8三玉▲7六歩△同歩▲同飛△7五歩▲7八飛△4二金▲5六歩△5三金▲6六歩△同歩▲同角△6五歩▲5七角

先手は似たような手順で飛車を動かす。これに対して後手は8三玉とやはり入玉含みの指し方だ。かって升田幸三実力制4代名人がアマ強豪として有名だった小池重明氏との角落ち戦でこういう指し方で快勝した将棋がある。この8三玉を見てボンクラーズはまた7六歩の合わせから飛車を7筋に戻した。
思うにここで後手は千日手になるのを承知でもう一度7二玉と指すべきだったようだ。先手は8筋を受けるのならば7七角と上がるのが自然だが以下△8三玉▲8八角△7二玉▲7七角と繰り返せば千日手になる。
しかし米長永世棋聖としては当初の構想通りに進んでいるから千日手にしようなどという発想は浮かぶはずもなかっただろう。後手なら千日手狙いで行く作戦も現在の将棋界では珍しくはないのだが、米長氏としてはあくまで勝つことを前提として用意した作戦であるから、もっと優勢にしようと遊び金を活用して金銀の連携をよくしたのだ。
だがよくよく考えてみると、先手は8三玉を見て7八飛と飛車を7筋に戻したのである。似たような手順が繰り返されているようなので気づきにくいのだが、これまでの手待ちの意味の飛車の移動とは明らかに違い、8三玉を攻撃の標的にするべく飛車を7筋にすえたのだ。そのことは5六歩から6六歩同歩同角とした手順に表れている。ボンクラーズは8三玉を見て7五の地点に攻めを集中させようとしているのだ。8三玉がボンクラーズの攻めを誘発させてしまった、ということになる。
そしてさらに言えば、何気なく上がった後手の5三金。
これが実はものすごく罪の重い一手になってしまうことを、果たして米長永世棋聖は指した時に想像していただろうか。
(つづく)
後手番の米長永世棋聖の初手は、前回の対戦と同じく6二玉。
この手についてはいわゆる定跡にはない手なので、奇策だとか言われていて、米長氏としては奇策とか書かれるのは心外であるらしい。ボンクラーズと対戦するにあたって、米長氏は前もっていろいろと対策を練り、考えに考え抜いた結果やはり6二玉がボンクラーズと勝負するには最善であろうという結論を出したようだ。
現に前回のボンクラーズ戦における敗戦の時に米長氏は
「6二玉自体は立派な指し手であるが、そのあとの私の指し方がまずかった。6二玉という指し手に大変申し訳ないことをしてしまった。」
という弁を述べており、その言葉通り今回の対局では序盤の手順に工夫を加えていた。後手は6筋7筋に位を取ることに成功し、おそらく序盤から中盤の入口までは米長氏の構想通りに進んでいたと思われる。

44手目△8五歩までの局面。6筋7筋の位が手厚い。先手としても玉の硬さは万全なので何とかして攻めたいのだが、今すぐ有効な攻めはない。ボンクラーズの指し手が見ものであったのだが・・・。
▲7六歩△同歩▲同飛△7五歩▲3六飛△8二飛▲6六歩△同歩▲同飛△6五歩▲9六飛△7三桂▲1五歩△7二玉

図でボンクラーズが出した結論は・・・指されてみれば実に単純だった。有効な攻め筋がないから手待ちをして相手の出方を待とうということである。▲4六歩から高美濃に組み替える手順も考えられるがこの局面の場合は飛車が横に行く余地がなくなってしまうのでこのまま平美濃で手待ちをした方がよいと考えたのだろう。
有効な指し手がないからと言ってこのように飛車が行ったり来たりを繰り返すのは、人間から見たらばかばかしいようにも思える。だがしかし、どんな局面でもお互いに一手ずつ必ず指さねばならないという制約があるゲームにおいては、こういう一見バカげた行為を何のためらいもなくできるということが、逆に強みになってしまうことがあるから将棋は面白いのだろう。
▲7六歩△同歩▲同飛△7五歩▲4六飛△8三玉▲7六歩△同歩▲同飛△7五歩▲7八飛△4二金▲5六歩△5三金▲6六歩△同歩▲同角△6五歩▲5七角

先手は似たような手順で飛車を動かす。これに対して後手は8三玉とやはり入玉含みの指し方だ。かって升田幸三実力制4代名人がアマ強豪として有名だった小池重明氏との角落ち戦でこういう指し方で快勝した将棋がある。この8三玉を見てボンクラーズはまた7六歩の合わせから飛車を7筋に戻した。
思うにここで後手は千日手になるのを承知でもう一度7二玉と指すべきだったようだ。先手は8筋を受けるのならば7七角と上がるのが自然だが以下△8三玉▲8八角△7二玉▲7七角と繰り返せば千日手になる。
しかし米長永世棋聖としては当初の構想通りに進んでいるから千日手にしようなどという発想は浮かぶはずもなかっただろう。後手なら千日手狙いで行く作戦も現在の将棋界では珍しくはないのだが、米長氏としてはあくまで勝つことを前提として用意した作戦であるから、もっと優勢にしようと遊び金を活用して金銀の連携をよくしたのだ。
だがよくよく考えてみると、先手は8三玉を見て7八飛と飛車を7筋に戻したのである。似たような手順が繰り返されているようなので気づきにくいのだが、これまでの手待ちの意味の飛車の移動とは明らかに違い、8三玉を攻撃の標的にするべく飛車を7筋にすえたのだ。そのことは5六歩から6六歩同歩同角とした手順に表れている。ボンクラーズは8三玉を見て7五の地点に攻めを集中させようとしているのだ。8三玉がボンクラーズの攻めを誘発させてしまった、ということになる。
そしてさらに言えば、何気なく上がった後手の5三金。
これが実はものすごく罪の重い一手になってしまうことを、果たして米長永世棋聖は指した時に想像していただろうか。
(つづく)
大河ドラマをあてにした景気対策・・・ [日記・雑感]
NHK大河ドラマ「平清盛」が1月8日からスタートした。初回は75分の拡大版であった。
こういう各局の力を入れている番組が始まると必ず注目されるのが視聴率だが、去年の「江」の初回放送時よりも低かったそうで、17.7%だった。大河ドラマ視聴率の歴代ワースト3だったらしい。
まあ歴史物ドラマに対する現代の世間の関心の有り様からすれば、大して驚く数字でもないように思う。
ただ初回というのは「一応見てみよう」的な気持ちで見る人も多いので、それでこの数字だとなると次回以降はさらに下がる可能性の方が高いので、NHKとしてはもう少し多くの人に見て欲しかったのではないか。
さて初回放送の内容は、平清盛出生の秘密と、やがて幼少期の清盛が父忠盛からその秘密を知らされるまでの展開であった。それぞれの役者の演じ方や時代考証の表現の仕方など、まあいろいろ人それぞれに感想はあるであろう。私としては、まあそれなりに面白かったのではないかと思った。
しかし視聴率が低かったのが気に障ったのか、兵庫県の井戸知事が定例会見でなにやらNHKにクレームをつけたらしい。
何でも
「薄汚れた画面を流さなくてもいい。もっと華やかで生き生きとした清盛らしさを強調してほしい」
とのこと。
確かに初回は平家をはじめとする武士の集団の身なりや住んでいる環境も全体的に粗末なものとして描かれていた。源氏の武士たちに追われる清盛の母舞子が乞食同然の姿で平忠盛に助けられて、匿われた納屋の中で清盛を産むシーンが印象的である。
だが、実際に清盛の生涯を長編ドラマで描くとしたら、出だしはどうしたってあんな感じになるだろう。
清盛が生まれた頃の武士とは、あくまで天皇をはじめとする朝廷の華やかな生活を支えるために存在した集団である。天皇や貴族等の命令に従わなければそれこそ一族は路頭に迷うような状態である。白河天皇の権勢はとてつもないものであった。・・・そしてその権勢が徐々に薄れていくのが次回以降からだろう。
平清盛は自分の代だけで瞬く間に平家の栄華を築いてしまった人物だ。だから清盛の生涯を描こうとすれば、まずは武士が権力を持つ前の時代をイントロダクション的に描くのは極めて自然であり、井戸知事のNHKへの要求はいささかナンセンスである。ドラマの後半になれば当然華やかな場面も出てくるからだ。
そもそも井戸知事がなぜこんなことを言い出したのかと言えば、今年の大河ドラマに合わせて兵庫県や神戸市が大河ドラマの舞台として観光キャンペーンをやっているからだろう。清盛の栄華の象徴ともいえる福原京は、現在の神戸市兵庫区にあった。今回のドラマの人気が下がれば観光にも影響が出るというわけだ。
しかし、要するに視聴率が上がるように番組を作り直せ、ということなのだろうか。別に現在の神戸市を薄汚れた画面に映したわけではない。900年も過去の話なのだ。この頃がどういう時代であったのか、現在の我々にわかりやすく知らせるという試みは、人気が出るかどうかはともかくとして、それなりの文化的価値はあると思うのだが。そもそも大河ドラマの経済効果を露骨に当てにしているような発言を県知事がしていること自体が、なんともバカバカしいお話で残念である。
こういう各局の力を入れている番組が始まると必ず注目されるのが視聴率だが、去年の「江」の初回放送時よりも低かったそうで、17.7%だった。大河ドラマ視聴率の歴代ワースト3だったらしい。
まあ歴史物ドラマに対する現代の世間の関心の有り様からすれば、大して驚く数字でもないように思う。
ただ初回というのは「一応見てみよう」的な気持ちで見る人も多いので、それでこの数字だとなると次回以降はさらに下がる可能性の方が高いので、NHKとしてはもう少し多くの人に見て欲しかったのではないか。
さて初回放送の内容は、平清盛出生の秘密と、やがて幼少期の清盛が父忠盛からその秘密を知らされるまでの展開であった。それぞれの役者の演じ方や時代考証の表現の仕方など、まあいろいろ人それぞれに感想はあるであろう。私としては、まあそれなりに面白かったのではないかと思った。
しかし視聴率が低かったのが気に障ったのか、兵庫県の井戸知事が定例会見でなにやらNHKにクレームをつけたらしい。
何でも
「薄汚れた画面を流さなくてもいい。もっと華やかで生き生きとした清盛らしさを強調してほしい」
とのこと。
確かに初回は平家をはじめとする武士の集団の身なりや住んでいる環境も全体的に粗末なものとして描かれていた。源氏の武士たちに追われる清盛の母舞子が乞食同然の姿で平忠盛に助けられて、匿われた納屋の中で清盛を産むシーンが印象的である。
だが、実際に清盛の生涯を長編ドラマで描くとしたら、出だしはどうしたってあんな感じになるだろう。
清盛が生まれた頃の武士とは、あくまで天皇をはじめとする朝廷の華やかな生活を支えるために存在した集団である。天皇や貴族等の命令に従わなければそれこそ一族は路頭に迷うような状態である。白河天皇の権勢はとてつもないものであった。・・・そしてその権勢が徐々に薄れていくのが次回以降からだろう。
平清盛は自分の代だけで瞬く間に平家の栄華を築いてしまった人物だ。だから清盛の生涯を描こうとすれば、まずは武士が権力を持つ前の時代をイントロダクション的に描くのは極めて自然であり、井戸知事のNHKへの要求はいささかナンセンスである。ドラマの後半になれば当然華やかな場面も出てくるからだ。
そもそも井戸知事がなぜこんなことを言い出したのかと言えば、今年の大河ドラマに合わせて兵庫県や神戸市が大河ドラマの舞台として観光キャンペーンをやっているからだろう。清盛の栄華の象徴ともいえる福原京は、現在の神戸市兵庫区にあった。今回のドラマの人気が下がれば観光にも影響が出るというわけだ。
しかし、要するに視聴率が上がるように番組を作り直せ、ということなのだろうか。別に現在の神戸市を薄汚れた画面に映したわけではない。900年も過去の話なのだ。この頃がどういう時代であったのか、現在の我々にわかりやすく知らせるという試みは、人気が出るかどうかはともかくとして、それなりの文化的価値はあると思うのだが。そもそも大河ドラマの経済効果を露骨に当てにしているような発言を県知事がしていること自体が、なんともバカバカしいお話で残念である。
里見さん奨励会初段に^^ [将棋]
昨年5月に1級で入会した里見香奈女流三冠。
入会前の評判からすると、やや足踏みした感じもしますが、やはり奨励会はそれほど甘くはないということでしょうね。
とりあえずおめでとうございます。
これから更に道は険しくなりますが、四段を目指して頑張ってほしいですね^^
親心と自立 [日記・雑感]
しろがねもこがねも玉も何せむに 勝れる宝 子にしかめやも
(銀や金や宝石やら、そんなものはどうでもいい、子どもに勝る宝なんて他にはないよ)
― 山上憶良「子等を思ふ歌」より
さて今年も年が明けた。
とはいっても、自分の身の回りのことが急によくなるわけでも、また急に悪くなるわけでもないものだと、最近になって思うようになったものだ。
「2011年は大変な年であった。2012年はいい年にしよう」
・・・なんて言うけれども、そもそもこういう区切りって何なのよ、って思うことがある。
むしろ人間社会にこういう区切りが設けられているが故、却って煩わしいことが増えているような気がしないでもない。
しかし現実にこういう区切りのある社会で生きてきたのだから、これからもそうするよりないのであろうが。
さて、いつものようにネット将棋をやりだすと、久しぶりにMさんが対局しているのを見掛けた。この人とは数年前に私が通っていた将棋教室で出会った。事情でその教室は今はないが、たまに24でお会いして、チャットで近況を話したりしている。この日もMさんの将棋が終わるのを見届けてからあいさつし、チャットで将棋の感想やら近況やらを話した。
Mさんには高2の息子さんがいる。息子さんも将棋が趣味で.私は彼とも何度かその将棋教室で指している。一時期はプロ棋士になりたいと思っていたようだが、残念ながら奨励会のレベルは彼には少し高かったようで、中3の時点で奨励会に行くのはあきらめたようだ。
で、その息子さんとも私はしばらくお会いしていないので、その後どうしているのかと思いMさんに尋ねてみた。とりあえず元気で学校に通っているようで、大学にも進学する予定だという。
それは何よりで、と思っていたのだが、Mさんは何やら息子さんに不満があるご様子だ。
「まあ、別にそんなすごいことは要求するつもりはないんですがね・・・何というか、もっとしっかりしてほしいというか。単純なことでもいいから、毎日続けてもらいたいですね」
Mさんのこの思いは、息子さんがプロ棋士になりたいと言いだしたことがそもそもの発端だ。息子さんはそれなりに強かったが奨励会を受験するようなレベルではなかった。そこで将棋教室の講師であるプロの先生がMさんの息子さんにある課題を与えた。毎日プロ棋士の棋譜を、出来るだけたくさん並べなさい、ということだった。だがMさんに言わせると、息子さんは毎日並べるなんて出来なかったらしい。まあその件は、とりあえず中学校の時点で終わったことだから責めるつもりはないのだが、とにかく親からみると、もっとしっかりしてほしいとのことだった。
「でも、もう大人に近い年齢なんだから、少しはちゃんと考えてるでしょう。あんまり心配しないでほっておいたらいいのに」
私がそういうとMさんはこう切り返してきたのだ。
「それはそうですが、うちのはまだ、自分で考えられるようなレベルに達してはいませんから。だから最低限、基本的なことが毎日出来るようにならないうちは、自分で考えるなんてダメでしょう」
うーむ。自分で考えて自分の意志で行動することが自立の始まりであると思うのだが・・・基本的なことが毎日できるようになるまで、自立できないのだったら、それは大変なことだろうな。自立できない人間だらけですよ。極端なこと言っちゃうと、生まれつき重度の障害を持つ人は絶対自立なんてありえないってことになるよ
(だってそういう人が基本的なこと毎日同じように続けられる保証なんてないし)
・・・とまあこういう考えが頭をよぎったが、まあそれも、生真面目なМさんの息子さんに対する思いの強さから発せられる考えなんだろうなと思い、あまり余計なことは言わずに、そのままお開きになった次第である。
木の上に 立って見ること 出来ぬ親 minorin2
恐るべしボンクラーズ(4) [将棋]
△6五同桂▲同桂△同歩▲同飛△8四歩

「△8四歩が敗着ですね。これ以降はもう駄目でしょう」
米長永世棋聖は局後の感想ではっきりとした口調でこう述べていた。
6筋でごくふつうに桂馬と歩を交換した局面で後手は8四歩とついたのだが、改めてこの手を見るとちょっと危機感が足りなかったのかなと思う。
後手玉と銀に先手の飛車が直射していて怖いのだが、しかし7八の銀も8八角もまだ攻めには参加してないので、ぱっと見、そんな厳しい攻めはなさそうに見えるのだが…
▲7五歩△8三金▲7四歩△同金▲2五飛△3二金▲7五歩

7五歩が指されてみればなるほどという厳しい手だ。後手は7五同歩とは取れない(7四桂と打たれるから)。▲2五飛△3二金に再度の▲7五歩。金をどこに逃げても7四桂馬が受からない。
ここはボンクラーズが一本取った形だ。
△6四金▲7四桂△同銀▲同歩△同金▲6七銀

銀桂交換の駒得に成功してからじっと▲6七銀。羽生二冠がこんな手をタイトル戦で指したら「さすが!」と称賛の声が聞こえてきそうな渋い一手だ。ここまで進んでみると先手は飛車が縦横によく効いており角も銀も使える。玉の硬さも明らかに先手が堅陣。もう相当に先手有利に形勢が傾いたようである。以下もボンクラーズは一分将棋の中、ミスすることなく確実に攻める。
△6四歩▲7六銀△7三金▲6五歩△7四歩▲6四歩△同銀▲6五歩△5三銀▲6四銀△同銀▲同歩
△同金 ▲9七角△6三歩▲6五銀△7三銀▲4一銀

米長永世棋聖も劣勢の中なんとか耐えて攻めが途切れるのを待つのだが、まったくその兆しがない。振り飛車側は悠々と左銀を五段目まで持っていく。そしていいタイミングで放たれた4一銀。金を逃げるよりないが 2三に飛車をなられては大勢は決した。

後日米長永世棋聖はご自身のブログにて「こっぴどく負かされた。悪夢だ。責任をとって引退しようと思ったが、すでに引退していたんだな(笑)」みたいなことを書いていたが、そういう自嘲を言いたくなってもしょうがないぐらいの悪い内容であったと思う。麻雀だったら「接待でしょう?これで気をよくさせておいて後で勝つつもりだろう」みたいに思われても仕方がないところである。
思うにコンピュータ将棋は一部人間にはない欠陥はあるにせよ、総合的にみればプロレベルの実力があるとみていいだろう。だからと言ってプロ棋士の存在意義がどうのという心配をすることもないだろう。
米長氏は10月にボンクラーズとの対戦が決まったのち、この対戦に備えて会長職務の合間を縫っていろいろと研究をしてきたご様子だったが、コンピュータとの対戦をしてコンピュータに勝てるような対策に明け暮れていたように思う。
確かにコンピュータの欠陥を突くのも大事だとは思うが、それを差し引いてもいまのコンピュータ将棋のレベルは高いのだ。そういうことにとらわれずに、かっての米長氏のように若手のプロとたくさん将棋を指して往年の強さを取り戻してほしいものだと思う。(まあ時間に限りがあるのでそこまでしている暇はないのかもしれないが。)
コンピュータ界の進歩は他の世界に比べると10倍のスピードだと言われる。では将棋界はそれに見合うだけの進歩をしてきたのだろうか。
将棋がなるべく強くなりたいという人は世の中に大勢いる。ネット対局が当たり前になった今では、将棋ファンは世界各国にいるのである。その割に将棋の上達法を科学的、体系的に表そうという試みが明確になされてきたとはまだまだ言えない状態である。初心者から初級クラスにまではうまく導けるものの、そこから中級より上への上達の道はどちらかと言えば「習うより慣れろ」「わかるやつにはわかるからそれでいい」みたいな時代遅れな考えに支配されているのではないだろうか。
将棋界の進歩自体が遅ければいつかはコンピュータソフトに抜かされてしまうかもしれない。ただそれだけのことである。ある意味「プロ棋士が絶対的に強いんだ」と神格化されているよりは、将棋界そのものの進歩と向上と言う面においていい刺激になるのではないだろうか。
(終わり)

「△8四歩が敗着ですね。これ以降はもう駄目でしょう」
米長永世棋聖は局後の感想ではっきりとした口調でこう述べていた。
6筋でごくふつうに桂馬と歩を交換した局面で後手は8四歩とついたのだが、改めてこの手を見るとちょっと危機感が足りなかったのかなと思う。
後手玉と銀に先手の飛車が直射していて怖いのだが、しかし7八の銀も8八角もまだ攻めには参加してないので、ぱっと見、そんな厳しい攻めはなさそうに見えるのだが…
▲7五歩△8三金▲7四歩△同金▲2五飛△3二金▲7五歩

7五歩が指されてみればなるほどという厳しい手だ。後手は7五同歩とは取れない(7四桂と打たれるから)。▲2五飛△3二金に再度の▲7五歩。金をどこに逃げても7四桂馬が受からない。
ここはボンクラーズが一本取った形だ。
△6四金▲7四桂△同銀▲同歩△同金▲6七銀

銀桂交換の駒得に成功してからじっと▲6七銀。羽生二冠がこんな手をタイトル戦で指したら「さすが!」と称賛の声が聞こえてきそうな渋い一手だ。ここまで進んでみると先手は飛車が縦横によく効いており角も銀も使える。玉の硬さも明らかに先手が堅陣。もう相当に先手有利に形勢が傾いたようである。以下もボンクラーズは一分将棋の中、ミスすることなく確実に攻める。
△6四歩▲7六銀△7三金▲6五歩△7四歩▲6四歩△同銀▲6五歩△5三銀▲6四銀△同銀▲同歩
△同金 ▲9七角△6三歩▲6五銀△7三銀▲4一銀

米長永世棋聖も劣勢の中なんとか耐えて攻めが途切れるのを待つのだが、まったくその兆しがない。振り飛車側は悠々と左銀を五段目まで持っていく。そしていいタイミングで放たれた4一銀。金を逃げるよりないが 2三に飛車をなられては大勢は決した。

後日米長永世棋聖はご自身のブログにて「こっぴどく負かされた。悪夢だ。責任をとって引退しようと思ったが、すでに引退していたんだな(笑)」みたいなことを書いていたが、そういう自嘲を言いたくなってもしょうがないぐらいの悪い内容であったと思う。麻雀だったら「接待でしょう?これで気をよくさせておいて後で勝つつもりだろう」みたいに思われても仕方がないところである。
思うにコンピュータ将棋は一部人間にはない欠陥はあるにせよ、総合的にみればプロレベルの実力があるとみていいだろう。だからと言ってプロ棋士の存在意義がどうのという心配をすることもないだろう。
米長氏は10月にボンクラーズとの対戦が決まったのち、この対戦に備えて会長職務の合間を縫っていろいろと研究をしてきたご様子だったが、コンピュータとの対戦をしてコンピュータに勝てるような対策に明け暮れていたように思う。
確かにコンピュータの欠陥を突くのも大事だとは思うが、それを差し引いてもいまのコンピュータ将棋のレベルは高いのだ。そういうことにとらわれずに、かっての米長氏のように若手のプロとたくさん将棋を指して往年の強さを取り戻してほしいものだと思う。(まあ時間に限りがあるのでそこまでしている暇はないのかもしれないが。)
コンピュータ界の進歩は他の世界に比べると10倍のスピードだと言われる。では将棋界はそれに見合うだけの進歩をしてきたのだろうか。
将棋がなるべく強くなりたいという人は世の中に大勢いる。ネット対局が当たり前になった今では、将棋ファンは世界各国にいるのである。その割に将棋の上達法を科学的、体系的に表そうという試みが明確になされてきたとはまだまだ言えない状態である。初心者から初級クラスにまではうまく導けるものの、そこから中級より上への上達の道はどちらかと言えば「習うより慣れろ」「わかるやつにはわかるからそれでいい」みたいな時代遅れな考えに支配されているのではないだろうか。
将棋界の進歩自体が遅ければいつかはコンピュータソフトに抜かされてしまうかもしれない。ただそれだけのことである。ある意味「プロ棋士が絶対的に強いんだ」と神格化されているよりは、将棋界そのものの進歩と向上と言う面においていい刺激になるのではないだろうか。
(終わり)
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